歯科にとっての「食育」とは何か
昭和大学 歯学部教授(昭和大学口腔ケアセンター長)向井 美恵先生
2005年(平成17年)7月に国の「食育基本法」が施行されたことが発端となり、いま、さまざまな分野で「食育」への取り組みが始まっています。
「食育」は人間にとって栄養摂取の面から生命維持と深い関係があり、子供たちの成長、肥満、成人病などの医療とも密接な関係を持っています。また、高齢者にとって食事は、その味覚や歯ごたえ、舌触りなどとともに、楽しみと生きがいに直結しています。
食物摂取の入り口であり、食べることに不可欠な歯と口腔の健康を守る歯科医師や歯科衛生士にとっても、極めて身近で大きなテーマである「食育」について、昭和大学歯学部教授の向井美恵先生にお話を伺いました。
歯・口と「食育」の深い関係を多くの人に知らせる
歯科と食育の関係を明確にしたのが2007年(平成19年)6月に日本歯科医師会、日本歯科医学会、日本学校歯科医会、そして日本歯科衛生士会の4者が連名で宣言した「食育推進宣言」です(下記に引用。詳細については日本歯科医師会ホームページを参照)。この宣言は、食育が乳幼児期、学齢期、成人期、高齢期の生涯を通じて、心身ともに健康な生活を維持していくための国民運動の指針となるものです。
食べ方をよく知る歯科関係者は、広く国民に食べ方、食べるために不可欠な歯と口腔の健康の大切さを訴え続ける、という重要な役割を担っていかねばなりません。皆様ご存知のとおり、国の「健康日本21」という健康運動や、「8020運動」が既に展開されていますが、これは健康の維持にとって歯と口腔の健康が極めて大切であることを示しています。
運動の成果は、80歳以上で20本の歯を持つ人の割合が、1987年(昭和62年)の7%から2005年(平成17年)には21%へと3倍に増加したことに表れています。
2008年(平成20年)3月に東京の池袋サンシャイン文化会館で開催された「健やか生活習慣フェスタ」で、日本歯科医師会が一般向けにPCによるアンケート調査を行い、この結果に基づいて、「食育の推進の目標に関する事項」を示し、それぞれの項目のアンケート結果と目標値を公表しています。この目標値は、歯科関係者の皆様が「食育」に取り組んでいく際の目安として役立つものと確信しています。
ライフステージに応じた歯科からの「食育」支援
今後、歯科医療分野における「食育」への取り組みは、各ライフステージごとにテーマを持って食べ方の支援を行っていくことになります。小児期では歯・口の発達状況に応じた支援、成人期では食べ方と生活習慣病に関係した支援、高齢期では口腔機能の維持や咀嚼・嚥下機能の低下防止など安全面を中心とした支援などが考えられます。
このようなライフステージに応じた支援は、歯と口腔の健康を担っている歯科関係者に課せられた大きな使命であると同時に、今後の口腔医療の大きなテーマでもあります。
また、食生活はその国の文化であることも踏まえ、「食育」に取り組んでいただきたいと考えます。
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目標値(%) |
アンケートから算出したベース値(%) |
| 食べ方(噛み方、味わい方等)に関心のある国民の割合 |
80 |
67.1 |
| よく噛んで食べることが健康によいことを知っている国民の割合 |
100 |
96.9 |
| よく噛んで食べることが肥満の防止になることを知っている国民の割合 |
90 |
83.4 |
| かみごたえのある食材を意識して食材に取り入れる国民の割合 |
60 |
49.5 |
| 五感(視覚、触覚、味覚など)で味わう食べ方を知っている国民の割合 |
60 |
59.1 |
| よく噛むこと(一口30回程度)を実践している国民の割合 |
40 |
20.5 |
| 老人が餅などを詰まらせて窒息する危険を知っている国民の割合 |
100 |
97.3 |
| 歯科関係者が食育の推進に関与していることを知っている国民の割合 |
70 |
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| 8020運動を知っている国民の割合 |
80 |
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食育推進宣言
人間は、その長い歴史の中で「食」を単なる生命維持のための「栄養摂取」としてではなく料理として、さらに人と共に食することで「心のふれあい」、「食事のマナー」としても発達させてきた。これは食のあり方が文化や文明と深くかかわってきたことを意味する。
そして今、その食が乱れ、あり方が問われているとすれば、これはとりもなおさず、文化や文明の乱れとして捉えなければならない、と考えている。
国は、近年におけるこのような国民の「食」をめぐる環境の変化に対し、緊要な課題として、国民が生涯にわたって健全な心身を培い、豊かな人間性をはぐくむための食育を推進することによって、現在及び将来にわたる健康で文化的な生活と豊かで活力ある社会の実現に寄与することを目的に「食育基本法」を制定した。
食は命の源である。人は食物を「口」から摂り込み、十分に咀嚼することによって身体の栄養のみならず五感を通じた味わいや寛ぎなどの心の栄養を得る。また、食物の知識と「食べ方」を通して健全な心身の糧となり、豊かな人間性を育むことが可能となる。以上のような観点にたって、次の食育支援を行う。
1.「食べ方」を通して、生涯にわたって安全で快適な食生活を営むことを目的とした食育を推進する。
2.あらゆる場と機会を通して、口の健康を守り五感で味わえる食べ方ができる食育を推進する。
われわれ歯科に関連する総ての職種は、国民すべてが豊かで健全な食生活を営むことができるよう、多くの領域と連携して国民的運動である食育を広く推進することをここに宣言する。
日本歯科医師会 日本歯科医学会 日本学校歯科医会 日本歯科衛生士会
平成19年6月4日
古くて新しい「食育」という言葉
1898年(明治31年)に軍医・石塚左玄が著書「通俗食物養生法」で「今日、学童を持つ人は、体育も智育も才育もすべて食育にあると認識すべき」とあり、1903年(明治36年)には報知新聞編集長だった村井弘斎が、連載小説「食道楽」の中で「小児には徳育よりも、智育よりも、体育よりも、食育が先き。体育、徳育の根元も食育にある。」と記述しています。
→上手に噛むには?咬み合わせの大切さ

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