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根尖性歯周炎の全身への影響と治療

根尖性歯周炎(PER:ぺル)の全身への影響と治療

今井庸二

歯周病が全身の健康状態に影響を及ぼし、さまざまな病気の原因となる可能性は比較的よく知られているが、歯周病同様に影響を及ぼす可能性のある根尖性歯周炎(以下ペルと略記)についてはあまり注目されていないように思われる。この点に関連したシステマティックレビュー“ペルは全身レベルでの炎症マーカーに影響を及ぼすか?”がJ Endod 10月号に掲載されており、その 内容を少し先ず紹介する。そのあと、同号に掲載のペルに対する歯科医の対処に関する調査報告、同誌12月号に掲載のペル治療に対する患者の選択に関する調査報告を紹介する。

この20年の間に慢性の軽度の口腔感染と炎症および全身の血管への好ましくない影響の緩徐な進行との間に関連性のあることがわかってきた。歯周病と根尖周囲病変は慢性の炎症反応を引き起こす一般的な長期の感染症である。アテローム血栓プラーク中あるいは血管の生検で口腔由来の細菌の存在が多く報告されている。口腔感染とアテローム性動脈硬化症を関連づける発症メカニズムを検証した詳しいレビューもいくつか発表されている。

口腔疾患と血清炎症マーカーレベルの増加の関連付けは、その多くが慢性歯周病の研究に基づいたものであるが、このことは歯周病による歯の喪失リスクを判定するのに、喫煙や糖尿病と並んでインターロイキン-1 (IL-1) 遺伝子型を 利用する(91回“予防指向の歯科医療”で紹介)ことにもつながっていると思われる(筆者)。このような状況にある歯周病の場合とは異なり、ペルの場合にはペルと血清炎症マーカーレベルの関連性はこれまで不明確であったが、それをここで取り上げたレビューが検証している。

本レビューは、各種の文献データベースを利用して1948〜2012年の論文のタイトルと要旨をもとにキーワード検索して531論文をまず選び、最終的に1967〜2011年の20論文に絞り分析した。それら論文の年代別内訳は、1980年以前3、1980年代6、1990年代5、2000年代6である。文献検索時に、多くのレビューでは言語を英語に限定していることが多いが、本レビューでは珍しく言語の制限をしていない。

ペル患者とそうでない対照群あるいはペル治療前後の血清炎症マーカーレベルの比較を分析している。31種の炎症マーカーが取り上げられているが、免疫グロブリン(Ig)A、IgM、IgGおよびC-反応性たんぱく(CRP)が最も多く調べられていた。CRP、インターロイキン(IL)-1、IL-2、IL-6、非対称ジメチルアルギニン(ADMA)、IgA、IgG、IgMが対照群にくらべペル患者では増加したことが多くの研究で示された。メタ分析の結果では、IgA、IgG、IgMがペル患者で有意に増加していた。ペル治療前後のCRP、IgA、IgE、IgG、IgMに有意差は認められなかった。

本レビューから、ペル患者はそうでない人にくらべ全身の炎症マーカーが一般的に増加することが示唆されたが、ペルに続発する炎症がどの程度一般的な健康状態に影響するかはまだあまり明らかにされてない。歯周病の場合には、死亡率、心臓血管疾患、動脈硬化、呼吸器疾患、その他全身状態などとの関連性が疫学調査から示唆されている。ペルについては、血清炎症マーカーが症状のあるペルでは増加する、CRP、アミロイドA、IL-6が全身症状(熱、倦怠感、リンパ節腫脹など)のある急性根尖膿瘍では局所的な急性根尖膿瘍にくらべ有意に増加する、などの報告、慢性ペルあるいは歯内治療歴と心臓血管異常との関連性を示唆する最近の疫学調査などがあるというのが現状らしい(筆者)。

さて、このようなペルに対して歯科医はどのような対処をするか、カナダ・オンタリオ州における調査報告がある。質問票を郵送した同州登録の歯科専門医498名中198名(歯内49、歯周65、補綴29、顎顔面外科55名)、電子メールを送付した一般開業医1983名中302名からそれぞれ回答があり、それを分析した。調査は、ペルに罹患している根管治療のない(初回治療)およびある(再治療)前歯と臼歯という4症例の想定に対し、根治による保存、抜歯、インプラント支持クラウン(以下インプラントと略)・ブリッジ・可撤性部分義歯による置換という5つの選択肢のそれぞれについて1の“推奨”から5の“もっとも勧めない”までランキングするという内容である。

4症例の想定に対し大多数の人が根治かインプラントを選択し、抜歯、ブリッジ、部分床義歯の選択は0〜3.1%とごく少数であった。根治よりインプラントを選択する傾向があり、とくに再根治を要する症例では初回治療症例にくらべ有意に高くインプラントが選択された。歯内専門医にくらべ、ほかの歯科医群では根治の選択は有意に低く、インプラントは高くなった。その傾向は一般開業医、補綴・歯周・外科の専門医の順番で強くなり、とくに外科専門医は際立っていた(表参照)。ペルのある歯に対し、再根治を要する場合にくらべ初回治療の場合にはインプラントよりも根治がより多く選択された。治療の選択は歯科医の専門領域と関連していたが、性、年齢、経験年数、診療地域、公的保険適用率、診療形態は関連していなかった。

次は患者の治療の選択に関する調査である。痛みを伴うペル罹患歯の治療の選択に関し、カナダ・トロント居住の患者に質問票を送付し、1000人のデータを集めて調べた報告である。治療の選択肢は根治による保存および抜歯である。調査参加者には、ペルのある前歯と臼歯に関し、保存か抜歯かの一般的選択および根治と修復による保存か抜歯かの特別な選択が質問された。根治/修復による保存という特別な選択は一般的な保存にくらべ有意に低かった(前歯で93.7%と97.2%、臼歯で83.8%と89.6%)。前歯の方がより多く保存が選ばれた。抜歯の選択率は4つの質問に対し2.8〜16.2%であり、根治/修復の場合での選択が最も高率であった。高収入、以前の根治、良好な口腔衛生状態、定期的通院が歯の保存の選択と関連していた。

全身の健康状態に影響を及ぼす可能性のある口腔感染症として歯周病とペルが考えられているが、これまで歯周病にくらべペルがあまり注目されてこなかったのはなぜだろう、というのが筆者の感想である。ペルも重症化しないうちに治療するのが無難であることは了解できた。ペルに対するカナダの歯科医の対処ぶりにはかなりの違和感を覚えた。公的な健康皆保険制度のあるカナダで、ペルの扱いがどのようになっているのか全く不案内であるが、ブリッジや部分義歯の選択は極めて少なく、ほとんどがインプラントというのには驚かされた。一方患者の希望は保存優先であり、根治して修復する場合には保存にくらべ抜歯を選択する割合が増加しており(前歯で2.2倍、臼歯で1.6倍)、歯科医のお勧めとはズレがあるように思え我が国ではカナダの歯科医推奨のような事態になることはないであろうことを願っている。ペルになってカナダで受診するとすれば、やはり先ずは歯内専門医、一般開業医どまりにしたいというところである。

(2013年12月2日)

2013年12月2日 提供:今井庸二先生