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ヒトはなぜ歯ぎしりをするのか

神奈川歯科大学学長 佐藤貞雄先生

近代化社会におけるブラキシズム(歯ぎしり)の重要な役割をお伝えします。

はじめに

近代化社会における急激な社会構造の変化に伴いストレスに起因した疾患が多発し深刻な社会問題となっている。持続的で慢性的なストレスは、自律神経系の撹乱による内臓消化器系の疾患や、免疫系の疾患を誘発することが知られており、さらに過剰なストレスによって脳の障害も加速的に増加している。人間が健康であるためには、単に身体の健康のみでなく心身両面のバランスのとれた健康が重要である。その上で、歯 ぎしりは重要な役割を担っている。ストレス性に発現が増強されるブラキシズム(歯ぎしり)は動物の攻撃性の発現と同様の生理的意義のあることが示唆され、動物実験では、噛む行為がストレス性の消化器系潰瘍の形成や脳内神経伝達物質の上昇を顕著に抑制することが知られている。これは本来動物のもっている情動行動発現器官としての歯および咀嚼器の役割を明確に示すものと考えられる。

咀嚼器宮の進化発生学的背景とブラキシズム

咀嚼咬合系器官は、原子動物の鰓腸という内臓性の器官に由来し、顎運動は律動的な鰓呼吸運動に由来している。すなわち咀嚼咬合系は元来内臓性の器官として発生し、進化と共に特殊な変化を遂げたユニークな器官である。進化的に鰓器官(咀嚼器官)は、主として本能、情動行動の発現器官として使用され、とりわけ摂食行動のための道具、情動性攻撃行動発現のための武器として使用され、高度に進化したヒトにおいても咀嚼器は旧皮質(大脳辺縁系)と密接な連携を保っている。

歯・咀嚼器はヒ卜においても情動行動発現の器官としての意味をもち、情動ストレス発現として上下顎の歯を噛みしめるあるいはこすり合わせことでストレスを発散しているものと考えられる。すなわち、高度に進化したヒトにおいては、攻撃性の抑
制によって、動物が本来持っていた咀嚼器を用いる攻撃性の発現が睡眠ブラキシズムに変化したものと考えられる(図1)。

ブラキシズムの生理的意義

動物にとって噛むという行動は、攻撃性の表現である。一般的に動物は、敵に遭遇するという最大の不安ストレスに対して攻撃的に噛むという行動を発現し、ストレスを発散している。実験的に動物にストレスを与えた際、脳内の神経伝達物質の上昇および胃潰瘍形成、血中コルチゾ―ルの上昇、免疫力の低下、空間認知能の低下などの全身的な異常反応が惹起されるが、これらがブラキシズムによって抑制されることが報告されている。

人間の場合、攻撃性は、大脳新皮質によって抑制され、情動ストレスは精神領域に蓄積される。しかしストレスの蓄積は、生命維持にとって重大な問題である。人間は、睡眠中にブラキシズムをすることでストレスを発散し健康を維持しているもの
と考えられる。確かにブラキシズムと血中のACTH、コルチゾ―ル、カテコールアミン濃度、さらには脳内の神経伝達物質などが密接に関連していることが多くの研究によって示 めされている。咬合を中心とする歯科医学が生体にとって重要なのはまさにこの点にある。咀嚼器官の本来の役割が、ストレスの発散にあるとすると歯科医療の役割は大きく前進する。咬合の重要性もまた、ブラキシズムという強大な筋力に対応した咬合のあり方を構築することによって日常臨床において実践可能な体系として確立されるものと考えられる。

ヒトはなぜ歯ぎしりをするのか

参考文献
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2012年9月 提供:TMDC MATE