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成人のう蝕予防と歯磨き後のうがい

今井庸ニ先生

近年海外では、成人、高齢者のう蝕予防・管理の重要性が認識されつつあるようであるが、我が国ではあまり注目されていないように感じている。しかし、急激に高齢化が進行し、また8020運動を進めている我が国としては、もう少し関心を寄せてもいいのではないかと思う。

う蝕罹患率の変動をみると(図1)、青少年では低年齢ほど、50歳以上では高年齢ほど低くなり、25〜50歳では100%近くで年齢差はほとんどない。高齢者のう蝕は経年的に増加している。例えば、60〜64歳あるいは70〜74歳では、1987〜2005年でそれぞれ、85→97%と58→85%であり、その後も増加しているのは確実である。そのことは、2011年の厚労省の調査結果はまだ公表されていないが、2011年の佐賀県の調査報告において、60〜69歳では1995〜2011年で88→97%と経年的に増加していることから類推できる。しかし、このような明確な経年的増加は、さらに年月が経過すると、20〜30年間は高う蝕罹患率のため認められにくくなるであろう。また、さらに年月が経過すると、逆に経年的減少が認められる可能性がある。このようなことを記すのは、中学、高校でのう蝕罹患率の推移を考えてのことである。

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中学、高校でのう蝕罹患率の年次推移をみると(図2)、1950年代前半〜1962年にかけて数値は急激に上昇し、1980年頃95%でピークに達したが、90%以上の期間は中学では1969〜91年の22年間、高校では1968〜1996年の28年間の長期にわたっている。このような状況にあった生徒たちが、う蝕歯を抱えたまま成人、さらに高齢者となっていると考えているのである。う蝕罹患率が急上昇期の生徒たちは55歳以上に、90%以上の高率期の生徒は25〜50歳に対応しているように見える。

12歳DMF歯数は、1994〜2003年では4.0から2.09まで平均0.21本/年ずつほぼ直線的に低下したが、2004〜2011年は1.91から1.20まで平均0.10本/年と緩やかな直線的低下となっている。う蝕罹患率は、中学2000年、高校2003年にかなりの急低下を始め、2011年の数値はそれぞれ48、58%となっている。このように生徒のう蝕は2000年頃から急激に減ってきており、将来的には成人のう蝕も減ると考えられる。なお、高年齢層でのう蝕罹患率の低下はおもにう蝕や歯周病によりう蝕歯が抜歯された影響とみられる。2005年の8020推進財団の「永久歯の抜歯原因調査報告書」によると、う蝕が原因の抜歯割合は年齢とともに増加し、30歳代で約50%のピークに達し、50〜80歳代では26〜30%であまり変わらない。一方その年齢層では歯周病が原因の抜歯割合は50〜56%でほぼ同じ傾向となっている。

さて、このような状況にあるう蝕の予防であるが、そのキーワードは、フッ化物、シーラント、食生活の改善ということになっている。う蝕予防において、フッ化物配合歯磨剤が大きな役割を果たしてきたことは世界的に広く認められているが、その予防効果はおもに子供、若年者で検証されたものであり、成人での検証は非常に限られている。2007年のJ Dent Resに成人での効果についてのメタ分析結果が報告されているが、それによればフッ化物配合歯磨剤のまともな臨床試験報告は1980〜1998年の4論文にすぎない。結論的には、成人でも子供などの場合と同様にフッ化物にはう蝕予防効果があるとしている。う蝕予防には、歯磨剤中のフッ化物濃度550ppm以下では効果はなく、1,000〜1,500ppmでは高濃度ほど効果的とされている(Cochrane Review, 2010, Issue 2)。根面う蝕の予防、進行抑制では、1,100ppmにくらべ5,000ppmフッ化物配合歯磨剤の方が初期根面う蝕の再石灰化作用がすぐれ、より効果的であるという臨床試験報告がある。根面の再石灰化ではエナメル質にくらべよりフッ化物が必要という事情も影響しているようである。

フッ化物がやはり本命であるが、非フッ化物系のう蝕予防材についてADA専門家委員会がまとめた報告がある(JADA142巻9号、 2011)。要点を記すと次のようである。歯冠部う蝕では、砂糖不含/糖アルコール(キシリトール、ソルビトールなど)含有のチューインガムを毎食後10〜20分噛むと5歳以上の子供やう蝕発症リスクの高い成人のう蝕を抑制できる可能性があるが、クロルヘキシジン(CHX)を含むバーニッシュ、ジェル、リンスはその単独あるいはフッ化物を併用しても効果は疑問で推奨できない。根面う蝕では、成人や高齢者には10%のCHXとチモール含有バーニッシュを3か月ごとに適用すると発症抑制の可能性があるが、CHX含有のジェル、リンスはフッ化物と併用してもあまり効果はない。歯冠部う蝕である程度有効とされた糖アルコール含有チューインガムでは、キシリトールの効果が強調されることもあるが、キシリトール不含/ソルビトール・マンニトール含有ガムでもキシリトール含有ガムと似たような臨床試験結果が報告されている。食後にガムを噛むことにより唾液が増加し、食物残渣の口腔内での清掃が促進され、またプラークの酸がすばやく中和されることにより、う蝕の発症と進行が抑えられるようである。

CHX含有バーニッシュについては、2011年のCaries Resに根面う蝕に対する効果に関する系統的レビューがあり、高齢者やドライマウスのようなハイリスク患者には多少益する可能性もあるが、推奨の程度は"弱"としており、フッ化物バーニッシュとくらべ効果は判然としないというのが大体の結果であるらしい。さらに、成人でのう蝕予防について、以前にはCHXコーティングは有効という報告もあったが、最近のランダム化臨床試験でその効果は否定されている(J Dent Res 91巻2号、2012)。それによると、う蝕リスクの高い18-80歳の成人の全歯面に10%CHXコーティング(4週間毎週と6月後1回の合計5回処置、そのコーティングの上にさらにメタクリレート系ポリマーで保護コーティング処置)を行い、13月観察し、解析した。その結果、新しいう蝕の発生予防において、CHXを含まないプラセボコーティングと有意差は認めなかった。

シーラントに関しては、米国でその有効性があまり評価されていないらしいことを示す調査がある(JADA 142巻9号、 2011)。2008年ADAの専門家委員会は、う窩のないう蝕(C0)にシーラント填塞を推奨する勧告を発表しているが、子供や若年者のC0歯へのシーラント填塞を一般歯科医や小児歯科専門医がどのように考えているかアンケート調査した結果は、その勧告はあまり尊重されていないことを示唆している。すなわち、う蝕の進行を抑えるためのシーラント処置に対する771名の意見をまとめたところ、賛成、不賛成がそれぞれ、子供や若年者には54%と32%、成人には34%と45%であり、臨床で実際にC0にシーラント填塞を行っている歯科医は36%、その処置はよくないとの回答がそれを上回る40%であった。

う蝕予防には、現状ではフッ化物配合歯磨剤に頼るしかないであろう。その歯磨剤として、我が国ではフッ化物配合濃度1,000ppm以下のものしか市販されていないが、海外では1,000〜1,500ppmの商品が通常に市販され、5,000ppmの商品は歯科医の処方により患者が利用できるようになっている。我が国ではこのような高濃度のフッ化物配合歯磨剤は使用できないようであるが、成人や高齢者のう蝕事情を考えると、我が国でも導入してみる価値があるのではないかと思っている。

2012年5月30日

歯磨き後のうがいフッ素配合剤のう触予防効果を高める

う蝕予防に関連して、フッ化物配合歯磨剤(以下、F配合歯磨剤)の効果や歯みがきの仕方については耳にしてきたが、歯みがき後のうがいの仕方についてはあまり聞いたことがないような気がする。歯みがき後のうがいの仕方によって、F配合歯磨剤の効果が影響を受ける可能性があるとされている。しかし、これまでこの件についてまともに議論されたことはないようであるが、患者に推奨するガイドラインを提供すべく、英国、アイルランド、米国、ドイツ、オランダ、スウェーデンの専門家15名が集まって調査研究を行い、そこで合意した見解がBrit Dent J 212巻、7号(2012)に掲載されている。その内容の抜粋と合意した見解を紹介しよう。

歯磨剤に加えて、様々な洗口液も使われているが、それにはフッ化物(Fと略)以外に、クロルヘキシジン、エッセンシャルオイル、トリクロサン、塩化セチルピリジニウム、サンギナリン、ドデシル硫酸ナトリウム、金属イオン(すず、亜鉛、銅)などが添加されており、歯垢を減らし、ミュータンス菌を除去する効果があるとされている。F入り洗口液は、F無添加洗口液にくらべ、う蝕減少に効果があり、またF配合歯磨剤よりも効果的という報告がある。F配合歯磨剤で歯みがき直後に100 ppm F洗口液で洗口しても、歯磨剤の抗う蝕作用に影響することはないが、F無添加の洗口液では影響する可能性がある。F配合歯磨剤の抗う蝕効果を保つには、歯みがき直後を含め常に少なくとも100 ppmのF入り洗口液を用いるのが望ましい。F無添加の洗口液は、F配合歯磨剤の効果に影響を及ぼす可能性があるため、F配合歯磨剤使用とは別の時間に使うのが望ましい。歯みがき後に大量の水で洗口すると、水をわずかあるいは使わない場合にくらべ、う蝕が増えるという報告があり、F配合歯磨剤の恩恵を受けるには過剰な水での洗口は避けるべきであり、少量の水での洗口が好ましい。

歯みがき後の洗口に関する主要な見解は次のとおりとなっている。
・F配合歯磨剤で歯みがき後に水で洗口するとF配合歯磨剤の効果が損なわれる可能性がある
・歯みがき後の洗口に水の代わりにF添加洗口液を使用すると、口腔内のF濃度を保つのに効果がある
・F無添加洗口液は歯みがき前か歯みがきとは別の時間に使うのが望ましい
・F添加洗口液は歯みがき後に使える
・Sjögrenらが発表した、F配合歯磨剤スラリーを使用する方法の推進を支持する
・F配合歯磨剤での歯みがき後にF残留を増やす次の三つの方法はう蝕のコントロールに役立つ: 吐き出すだけで洗口しない、F配合歯磨剤と唾液のスラリーで洗口、F添加洗口液で洗口

この見解の中で示された"F配合歯磨剤スラリーを使用する方法"について説明しておこう。それは、F配合歯磨剤を洗口液として兼用する歯みがき法である。すなわち、「F配合歯磨剤2cmを使用して2分間歯みがきした後、頬、唇、舌を活発に動かして歯磨剤スラリーを約30秒間クチュクチュし、吐き出す。その後は洗口せずに2時間は飲食しない」というものである。1995年発表のイエテボリ大学のSjögren、Birkhed、Arendsの方法では、「歯みがき後に10mLほどの水を口に含んで歯磨剤のスラリーとし、1分間ブクブクしてから吐き出す」となっているが、2010年以後の臨床試験の論文では、Birkhedらは上記のように変更し、"Modified fluoride toothpaste technique"(F配合歯磨剤変法)と呼んでいるようである。また、当該大学のイエテボリ法もあるようであるが、これは上記両方法の中間で、"10mLの水を含んで、30秒間洗口"となっている。Birkhedらによれば、この方法を1日2回2年間成人で試験したところ、対照群にくらべ新しい隣接面う蝕の発生が有意に減少したと2010年に報告している。

フッ化物のう蝕予防メカニズムはおよそ次のように考えられている。Fが歯質に作用すると、結晶性の改善、フルオロアパタイトの生成、脱灰部の再石灰化の促進により、歯質が強化され、耐酸性が向上する。また、歯垢内では細菌の酵素活性を阻害、発育を抑制、酸産生を抑制する。Fは歯垢に結合されるが、細菌の酸産生により歯垢のpHが低下すると歯垢中からFイオンが放出され、歯質の溶解抑制や再石灰化を促進する。口の中のFイオンの濃度が高いと、歯垢中のたんぱく質やカルシウムなどと結合して濃縮貯蔵され、歯垢の周囲が酸性になると、歯垢の中からFイオンが放出される。歯垢は目の敵にされがちであるが、ある意味でFの貯蔵・放出装置という一面もあるといえる。上で紹介した英国歯科雑誌の締めくくりの一部として、すべてのバイオフィルム/歯垢は除去するのではなく、バイオフィルムの弱体化/乱れを起こしてコントロールする必要があるという記載がある。

欧米では一般店頭で販売されているF添加洗口液も、我が国でFの配合が認められているのはペースト状や粉状などの医薬部外品歯磨剤のみで、洗口液や液体歯磨剤などには認められておらず、歯科医師の処方に限られている。F配合歯磨剤の普及が欧米にくらべ20年ほど遅れたように、我が国は歯科でのF利用の後進国である。今回紹介したように、F配合歯磨剤使用後にF添加洗口液で洗口することは、Fのう触予防効果を高めるのに役立つのはほぼ確かである。そうしたことができない我が国の場合、同じような効果が期待できるイエテボリのF配合歯磨剤変法によるのがさし当り最も手っ取り早いであろう。本法のよいところは、歯みがき後に別途F添加洗口液を要せず、費用もかけずに手軽にできることである。ただし、現在市販されているF配合歯磨剤をそのまま利用するには抵抗感がある。低発泡・低香味、少量洗口法が可能、Fの歯面滞留性向上などを謳った歯科医院専用品があり、「歯みがき後、歯磨剤を吐き出し、15mlほどの水で約5秒間1回口をすすぐ」ことになっている。なお、公表されている成分だけからすると、なぜこれが歯科医院専用なのかという疑問がある(ただし、通販だけでなく、生活雑貨を扱う一部のチェーンストアの棚にも並んでおり、入手は可能)。

我が国ではF添加洗口液はしばらくは市販されないとすれば、イエテボリのF配合歯磨剤変法に適したF配合歯磨剤が市販されてもよいのでは、と思っている。さし当りは、患者、とくにう蝕リスクの高い患者には、F配合歯磨剤の使用だけでなく、不快にならない範囲で少量で少数回のうがいをするようアドバイスをすることがあってもよいであろう。できるだけ多くFを口腔内に残し、うがいによる口腔内からのF消失を防ぐことがポイントである。

2012年6月28