「食在広州(食は広州にあり)」。中国南部、香港から少し内陸に入ったところにある広州は、対外貿易の拠点として栄えてきた。1985年に初めて調査で訪れたが、市場には海の幸、山の幸が沢山並び、亜熱帯地域にふさわしい豊富な果物が山積みされていた。

50キロほど離れた農村、謝村で検診を実施した。みんな田んぼからはだしで駆けつけてくれた。戦前の日本の農村風景を思い起こした。ぱっと見た印象では、太った人は一人もいなかった。

まず血圧。検診の対象者を50−54歳に絞り込んだため、「5人に1人ぐらいは高血圧症の人がいるだろう」と想定していたが、来る人来る人がすべて正常血圧だったことには驚かされた。アジアの食は欧米に比べて塩味文化で、どうしても血圧が高めになる。高血圧の人がいないというのは初めての経験だった。

24時間尿を集めて1日の塩分摂取量を調べると食塩換算で平均5.7グラム。WHO(世界保健機関)が高血圧予防のために掲げる目標値1日6グラムを下回っていた。

春先という季節がら、農家でごちそうになった食事では、まるでイモ虫のような虫をいためたものが山盛りになってでてきた。禾(か)虫という最高の珍味だという。

昆虫は小さな身体のなかに活力のもとになる栄養素がぎっしりとつまっている。カリウムやカルシウム、マグネシウム――。どれも血圧を下げてくれる。そして良質なたんぱく質。健康を維持するのに心強い味方になってくれる。

昆虫の内臓は心臓病予防によいことが世界の調査でわかってきた。タウリンが多く不足がちな微量元素もとれる。

広州には「天医書」と呼ぶ健康への心構えを記した石碑がある。「薬で治らない病気も、自然が治してくれる」。この石碑に書かれてある通り、野菜や果物、魚や昆虫など豊かな自然に恵まれているからこそ、そこではぐくまれる食材を上手に生かすことが、生活の知恵でもあり長生きにつながっているようだ。
(武庫川女子大国際健康開発研究所長  家森 幸男)


 2006.10.15 日本経済新聞