女と男のナゾ


死と隣合わせの危険なスポーツを楽しむ人々がいる。安全ロープや救命道具なしで、ほぼ垂直に切り立つ岩をよじ登るクライマー。高いビルの屋上やがけの上から、パラシュートをつけて飛び降りる競技者。夏のスキー場をマウントバイクに乗り、時速100キロを超す猛スピードで駆け降りる選手たち――。

こうした命知らずな人のほとんどが男性だ。自分の勇気の限界を知りたいという人もいるだろうし、逆境に追い込みそこから這い上がることで得られる深い満足感を味わいたいと願う人もいるだろう。そのために新奇性を追求するこれらのスポーツに挑戦している。

人は死に近づく時、生を実感するという。彼らの多くは、危機の際に知覚が鋭敏になり、非常に神経が高ぶり、快感があると証言している。これが危険なスポーツに駆り立てる、本当の動機なのかもしれない。

米テンプル大のフランク・ファレイ氏は、新奇性とスリルを執ように求める人々を「T型人格」と定義し、さらに知的と身体的の2種類に分けた。知的T型人格は、古い習慣や考えを打ち破る革命的思想家に多い。物理学者のアインシュタインや画家のピカソがその代表例だ。極端に危険なスポーツに挑む選手は、身体的T型人格の典型といえる。

男性にそんな傾向が目立つのは、原始時代の名残という説がある。彼らは、住み家を求めてだれも訪問しなかった場所を最初に訪ね、食糧を求めてだれも捕らえようとしなかった動物を最初に捕らえるパイオニアであった。困難を乗り越えるとき、未知の動物に遭遇したときなど、脳内で大量に放出される物質が、行動様式を形作ってきたのではないだろうか。

T型人格の行動は、脳内の主要な興奮性伝達物質として注目される3つの成分から、ある程度説明できる。3つとは、快感を発生させるドーパミン、極端な行動に向かわせるセロトニン、瞬間的に爆発的な力を発揮させるノルアドレナリンである。

3つの興奮性伝達物質の量は、これらを分解する酵素(モノアミン酸化酵素)によって調節されている。T型人格の人の脳内ではこの酵素が少なく、普段から興奮性伝達物質が多い。彼らの脳が適度に興奮するには、普通の人より多くの興奮性伝達物質が必要である。T型人格の人の行動は、興奮性伝達物質をより多く放出させるための手段であると考えられる。

さらに最近、研究の焦点は伝達物質からこれらを受け取る部位(受容体)に移りつつある。

ドーパミンの場合、5つの受容体があり、このうち2つがT型人格の行動のかぎを握っていると推測されている。D2DRとD4DRの名の付いた受容体の少ない人は、ドーパミンを長時間放出して受容体を刺激し続け、ようやく適度な興奮を得ているようだ。

原始時代、興奮性伝達物質にさらされた男性の脳は、まさにT型人格のケースに当てはまる。興奮性伝達物質の洗礼をさほど受けなかった女性の脳に比べ感度が鈍く、適度な興奮を得にくくできていると見られる。原始時代には有利だった特性は、今の平和な時代、役立つ機会は極めて乏しい。その反動が、冒頭のような人々に出現につながっているような気がする。

(サイエンスライター 生田 哲)

(2001.11.4 日本経済新聞)