心筋梗塞・脳卒中…
気温・気圧低下で発症しやすく
天気予報、予防に生かす


「病は気から」。昔から病気のなりやすさは気の持ちようで重くも軽くもなると戒められてきた。ところが最近は「病は気象から」と読み替えることもできるらしい。天気予報や病気の予防技術が進歩し、日々の気象条件の違いによって病気の発症しやすさに差が出ることが分かってきた。

心筋梗塞を「予報」
広島県医師会は2006年12月から地元の新聞や県民向けホームページに一風変った“健康予報”を載せている。「県北部で心筋梗塞(こうそく)に警戒しましょう。県南部は脳卒中に注意です」。その日の気象条件をもとに心筋梗塞や心不全、脳卒中の発症しやすさを「警戒」「注意」「普通(危険小)」の3段階で示す。発案者の松村誠・常任理事は「救急車で運ばれる患者とその日の天気に意外な共通点があったことがきっかけ」という。

例えば脳卒中。広島市消防局管内で、脳梗塞や脳出血で病院に搬送された患者は03年10月−06年3月に約8千6百人。1日の平均気温がセ氏9度を下回ると、とたんに1日平均10人近くに膨れ上がった。心筋梗塞では1日の平均気温が同6度未満で、平均気圧が1013ヘクトパスカル未満の日が危なかった。

04年にまず心筋梗塞予報をスタート、昨年末に脳卒中と心不全の予報も加えた。「体に不安を抱える人が防寒したりむやみな外出は控えたりして予防に努めるようになった」(松村常任理事)
気象と病気の関係に詳しい気象予報士の村山貢司さんは「気温や湿度、気圧の変化で体調を崩し持病が悪化する“気象病”にも注意してほしい」と指摘する。

厚生労働省の死亡統計からは季節の変わり目で発症率に大きな差が出る病気が浮き彫りになる。死因トップのがんは1年を通じて死亡者数がほとんど増減しないが、2位と3位の「心疾患」「脳血管疾患」は「冬高夏低」だ。

この傾向は男女とも急性心筋梗塞や心不全、不整脈、脳梗塞、脳内出血、くも膜下出血などで際立つ。男性の急性心筋梗塞(04年)は1月の1日平均死亡者数を100とすると、6月(60.2)、9月(58.5)は低水準だが、12月(90.8)に再び増える。

気温や気圧で体調が左右されるのなら、日々の天気模様にも気を配る必要がある。
名古屋大学環境医学研究所の佐藤純・助教授は「慢性の関節痛に悩む患者から天気が悪くなると痛みがひどくなると度々聞かされた」と語る。ひざに痛みを抱える患者の協力を得て気温や気圧の調節可能な人工気象室で実験した。低気圧が近づいた状況を再現、気圧を27ヘクトパスカル減、室温をセ氏22度から同15度に下げると患者が痛がり始めた。

座骨神経や脊髄(せきずい)を傷つけたラットで詳しい実験をしても結果は同じ。気圧が変った直後や気温が下がって30分もすると痛みが2倍になった。4時間で20ヘクトパスカルというわずかな気圧低下でも痛みは増した。温暖前線が通り過ぎるくらいの緩やかな気象変化でも影響を受けることが裏付けられたという。

血管収縮が影響

佐藤助教授によると、気圧の変化で@耳の奥にある内耳が微妙な気圧低下を感じるA自律神経を刺激し交感神経の活動が活発になるB血管収縮などを引き起こしながら患部の痛みを増幅する、という。気象病にメカニズムの一端を「気圧や気温の低下で血管が収縮すれば心臓や脳に影響する。肩こりや座骨神経痛、腰痛などの痛みも悪化しやすい」と説明する。

「健康予報」をどう賢く役立てるか。広島県の先達の取り組みが参考になる。

発症の危険が高い日は、短時間の外出でも帽子やマフラー、手袋で体を冷やさないように用心する。持病がある人は万が一に備えて薬を携帯する。頭や胸に少しでも違和感を覚えたらためらわずに病院に行くようにしたい。

村山さんは講演会などで温度差を極力無くす工夫をするようアドバイスする。温かい室内から屋外に出るときは防寒を忘れない。室内でも寒いトイレや浴室をあらかじめ暖め、居間との温度差を減らす。浴室は、洗い場が浴槽に比べて寒すぎると危険だ。

健康予報の試みは日ごろから自分の体を気遣う予防の大切さを教えてくれる。まさに「病は気から」だ。
(加藤宏志)


病気に気をつけたい気象条件

・1日の平均気温がセ氏9度未満    
・寒冷前線が通過
・1日の平均気温がセ氏6度未満で1日平均気圧が1013ヘクトパスカル未満
・気温が7度近く低下     
・帯状高気圧の日
・低気圧が接近

気象病を予防する主な方法

・寒い日の外出は防止やマフラー、手袋で防寒
・発症に備えて薬を携行
・頭部や胸部に違和感を感じたらすぐに病院を受診
・外出は控える
・トイレや浴室を暖め、居間との温度差を減らす
・浴室の洗い場を暖める



2007.1.21 日本経済新聞