脳の休息に 工夫必要
ピラティスで鼻呼吸

秋から冬にかけ、日照時間は短く夜は長くなる。寒さに向かう季節変わりの睡眠を快適なものにするために、気候の変化を脳がどう感じるのか、睡眠前に脳をリラックスさせるためにはどんな運動が有効かなどを探った。

秋冬の気候変化が睡眠にどう作用するかについて、脳科学にくわしい井上昌次郎・東京医科歯科大学名誉教授は「メランコリーな気分はうつ状態と似て、眠気を引き起こしやすくなる。また、昼間に太陽をきちんと浴びている人なら、夜になって睡眠誘発ホルモンのメラトニンが出るが、夜が長いことでメラトニンの作用する時間も増え、より眠りにつきやすくなる」と説明する。

つまり秋は眠りに向いた季節だ。意図的にこの季節に快眠を求める人もいる。東京・銀座で企画会社を経営するY子さん(41)はその一人だ。仕事が不規則で、日ごろ睡眠時間を削ることも多い彼女は、秋を中心に年に2−3回一人で東京・目黒のウェスティンホテルに宿泊することにしているという。「自然な寝姿勢を保つベッドで寝不足を解消できる」からだ。

しかし多忙であればあるほど、睡眠を「時間より質」「心身の疲れさえとれればよい」などと考えがち。Y子さんのように場所を選ぶなどして意図的に睡眠を重視する人は実は少ない。井上名誉教授は「時間より質が大切などの考え方は一面的。睡眠は脳の休息と活性化のためのもの。肉体も精神も脳に支配されるのだから、正常な状態を維持するためには1日1回きちんと睡眠で脳を休ませることが必要」と話す。

秋の快眠のためにはまず、睡眠の基本メカニズムである「概日リズム」に従うことが大切だと説明する。このリズムを簡単に言えば、朝自然に目覚め、夜は眠りにつくという脳の信号による体内リズムのこと。「概日リズムを守ることと、夜が長くなったことによるメラトニンが作用する時間の増加が連動すれば、快眠につながる。日常を夜までひきずらないことが大切だ」(井上名誉教授)

日常と夜を分けるためには、橋渡しの時間の過ごし方が大切。快眠につなげる方法の一例としてスタジオエミ(東京・銀座)の千葉絵美代表は「ピラティス」による鼻呼吸をすすめる。呼吸を大切にする筋肉トレーニングのピラティスは、常にインナーマッスル(深層筋)を意識し、腹をへこませたまま鼻からの深い呼吸でゆったりとなめらかに体を動かしていく。「深呼吸によって徐々に自律神経系の調子が整い、代謝が高まる。免疫力も活性化するといわれ、心身がリラックスする」と千葉さん。

ピラティスは、頭から尾てい骨までの縦のラインと骨盤の二つのゆがみを正し、周辺の筋肉も強化する。鼻呼吸の基本はおなかを引っ込めたまま口とこう門をを閉め、鼻からゆっくりと呼吸する。その際、横隔膜をつり上げるイメージに。わかりにくければ腹のくびれにベルトを巻いて鼻で呼吸をし、感覚をつかむといい。

具体的には全身の伸びの運動から始める。両腕を頭上に伸ばし、足も指先まで伸ばして呼吸する。横隔膜と内臓が持ち上がり肋骨(ろっこつ)が開くに伴って内臓間も広がり、酸素と血液がしっかりと送られる。

次は腹をへこませたまま鼻呼吸し、ゆっくりと腹をねじる。

最後は、床から右足を上げ、鼻呼吸をしながら足先を回していく。下腹に刺激がくるが、呼吸を止めずに流れるように続ける。
「寝る前に実行することで快眠につながる」と千葉代表は話す。

呼吸と健康について多くの著書を持つ西原研究所の西原克成所長は「深い鼻呼吸は体の緊張をとき、神経を安定させる。横隔膜を上げる呼吸には血液を心臓に戻すポンプ作用もあり、血行を促進させる」と話す。呼吸には体内で酸素を消費しエネルギーを燃焼する細胞呼吸もある。睡眠中のこの呼吸も血流を促し、疲労物質を取り去る。目覚めた時にすっきりするのはこのためだ。季節の変わり目の今、小さな工夫で眠りの質を高めることは十分に可能のようだ。
(ライター  高谷 治美)


眠りを深くする運動


1.深い鼻呼吸で伸びを
横になり、両腕を頭の上に伸ばす。足は軽く開き指先まで伸ばし、深い鼻呼吸を5回する
2.腹をねじって腕上げ
息を吸い、吐きながらゆっくりと腹を左にねじって左腕を上げる。右側も同じ
3.寝ながら足をグルグル
右足を床から30センチ位に上げ、足先で円を描く。ゆっくりと半円を描く際は吸い、もう片半円は吐く。左足も同様

(千葉絵美さんによる)

2006.10.28 日本経済新聞