「食すくなきに宜し」?

貝原易軒は『養生訓』(岩波文庫)で「老ては、脾胃(ひい)の気哀へよはくなる。食すくなきに宜し」と書いている。年をとると歯がなくなり胃腸も弱ってたくさんは食べられなくなる。きゅう覚や味覚も悪くなり、おいしく味わうことも難しい。

運動もしなくなるのでエネルギー消費が少なくなり、食事の量が減ってしまう。しかし、たんぱく質やビタミン、ミネラルの吸収能力が若いころより悪くなったりすることを考えると、多く食べることが必要だ。

高齢者では栄養摂取のバランスが少し崩れただけでも浮腫や貧血、脱水などを起こして健康を害することがある。高齢者を診ていると、やせた人は体力がなく、すぐに寝込んだり病気の回復が悪かったりする。

やせて体脂肪が少ない人が寝たきりになると、腰下あたりの仙骨部に褥創(じょくそう、床ずれ)ができやすい。

厚生労働省は次のような高齢者の食生活指針をまとめている。
@低栄養素に気をつけよう。体重低下は黄信号A調理の工夫で多様な食生活をB副食から食べよう、年をとったらおかずが大切C食生活をリズムに乗せようDよく体を動かそう、空腹感は最高の味付けE食生活の知恵を身につけよう、食生活の知恵は若さと健康づくりの羅針盤Fおいしく、たのしく、年をとろう。豊かな心が健やかな高齢期――の7つだ。

指針は低栄養素や栄養バランスの偏り、カルシウムやビタミンなどの摂取不足、運動不足による消費エネルギーの低下などの解決、食生活への関心と食生活を通しての心身の充実を目指している。

75歳を過ぎると後期高齢者と呼ばれる。中年期では肥満が健康上の問題になることが多いが、この年代になると低栄養が問題だ。高齢者では肉や乳製品を多くとると長生きするという報告もある。健康で長生きするために、年をとったら栄養のあるものを積極的に食べよう。
(国立長寿医療センター疫学研究部長 下方 浩史)
2004.9.19 日本経済新聞