心:演技で帰省を楽しもう
  

香山リカ

 いよいよ師走。この時期になると毎年、診察室で女性たちからこんな言葉が出てくる。

 「年末年始は夫の実家に行くんです。気が重いなあ」

 「夫の実家が憂鬱」とはおだやかではない話だが、彼女たちは深刻だ。夫の実家では、自分の立場は「嫁」。夫の両親がやさしい人だとしても、正月は親戚などが集まって宴会になり、そこでは「お嫁さん」としてあれこれ気を使ったり働いたり。また、日ごろは家事を手伝ってくれる夫も友人や親戚の手前もあるのか、実家ではやけに威張っている。子どもたちは夫の親が独占し、すっかり「向こうの家の子」になってしまったみたい……。

 確かに、日ごろ一生懸命、自分の生活を築こうと頑張っている女性が、夫の実家ではいきなり「〇〇さんのお嫁さん」と夫の名前で呼ばれ、「ビールがないよ」「取り皿ちょうだい」などと言われて働かされ、さらには「2人目の子どもはまだ?」「そろそろ一家でこっちに戻ってくればいいのに」など、プライベートの事にまで口を出されるのは、しんどいに違いない。「お正月明け、体もココロもボロボロになって戻ってきます」と話してくれた女性がいたが、それも理解できる。

 とはいえ、夫の親や親戚なども息子一家の帰省を楽しみにこの数カ月、暮らしてきたのだ。高齢になり、あちこち調子が悪くても、「年末になればまた孫に会える」というのを励みにしながら乗り切ったのかもしれない。

 だとしたら、ここは年末年始をヒーローショーならぬ「お嫁さんショー」と考えて、女優になったつもりでドラマの中の理想の嫁を演じてみてはどうだろう。極端な言い方をすれば、心がこもっていなくてもいい。親戚の宴会ではお気に入りのエプロンを身につけ、料理の皿を並べながら「たくさん召し上がってください」と笑顔。その演技に「うん、おいしいねえ」「今年はよい正月だ」と、実家の人たちのはしが進めば満足感があふれてくるに違いない。

 最初は「演技」と思っていたはずなのに、いつの間にか心からの笑顔も混じり、去るときには本気で「今年もお互い元気で頑張りましょうね」と言えることだってあるかもしれない。「今年の『お嫁さんショー』、何点だったかな?」と自己採点しながら戻れば、いつもの年よりも疲れは少ないはずだ。

 どうせ帰省するならため息つきながら向かうより、いっそのこと自分のステージと考えて楽しんでしまう。これ、結構お勧めです。

2013年12月3日 提供:毎日新聞社