眠ろうと思っているのに眠れない――。
そんな悩みを抱える人は、案外多い。
これは入眠障害という不眠症の一種。
睡眠に関する知識の不足や間違った認識のために、
悪化させてしまうケースも少なくない。
症状改善のための正しい対処法などを追った。
リラックスが大事
就寝前の熱い風呂は禁物

「とうとう昨晩も睡眠薬を飲んでしまったわ」。東京都練馬区に住む主婦のAさん(57)はすっきりしない顔で話す。床に就いたのは午後11時。だが全然眠れず、午前2時を回って医師から処方された睡眠薬を飲んだ。薬にはなるべく頼りたくないという思いがあり、睡眠薬は最終手段として利用しているという。



入眠障害とは寝付きの悪さを訴える睡眠障害を指す。健康・体力づくり事業財団(東京・港)が、国内に住む3030人の成人を対象にした調査を基に、国立精神・神経センター(市川市)が解析した結果によると、「何らかの不眠がある」と回答した人は全体の21.4%。「寝付きが悪い」という入眠障害の症状を示したのは8.3%だった。

きちんとした調査は最近始まったばかりだが、どの年代にも分布しており、増加傾向にあるとされる。一概にストレス社会のせいで増えているとは言い切れないところはあるが、残業が続くなど無理な生活を強いられたりすることで、症状を招きやすい環境は整っていくようだ。

特に更年期にある女性は不眠や入眠障害を訴えるケースが多い。海原メンタルクリニック(東京・港)の海原純子所長はエストロゲンという女性ホルモンの分泌が減ることを挙げ、「ホルモンバランスが不安定でうつ状態になりやすく、入眠障害や眠ってもすぐに目が覚めてしまうといった不眠症に悩まされやすい」と話す。

国立精神・神経センターの内山真・精神保健研究所精神生理部長によると、入眠障害は一過性のものと慢性のものに大別できるという。



入眠障害を防ぐために
心掛けたいこと
1. 睡眠は活動のための手段と割り切り、時間の長さや睡眠自体にこだわらない
2. 床に就く4〜5時間前、できれば夕食時以降はカフェインなどの刺激物を摂取しない
3. 就寝前の熱い風呂は避ける。入るならぬるい風呂や足湯などで
4. 床につく前に暴飲暴食はしない
5. 朝は毎朝同じ時刻に起床し、太陽光をきちんと浴びて生体リズムを整える
6. 睡眠不足を補う昼寝は午後3時前の20〜30分程度にする
 
(注)内山真氏への取材などから作成
前者は精神的なストレスや気持ちの高ぶりなどによるもの。例えば、試験や大きな発表の前などに眠れなかった経験はだれにもでもあるのではないか。ストレスの原因が取り除かれれば眠れるようになる。

問題は後者。睡眠へのこだわりや「また眠れなかったらどうしよう」という思いが、精神を緊張させるために頭がさえてしまい、眠れなくなる。「条件づけられた不眠」といい、寝室に入るだけでも緊張して眠れなくなる人がいるほどだ。

こうした人はとにかく早く眠ろうと焦り、就寝時間を定めたり、早めに床に就いたりしがち。だが「意思の力で起きていることはできても、眠ることはできない」(内山部長)。眠りをなるべく気にしないことが一番だ。就寝時間を定めず、テレビをぼーっと見たり、本を読んだりして眠気を感じたら布団に入る。

「疲れがとれるから」と就寝前に熱い風呂に入る人がいるが、これは逆効果。精神を緊張させて眠りを妨げてしまう。入浴するなら、ぬるめの湯にするか、足湯などにしよう。

就寝の4−5時間前からは、カフェインを含む紅茶などの刺激物の摂取を避けることも大切だ。就寝前にたくさん食べたり、飲んだりすると胃腸に負担がかかり、やはり寝付きに影響する。体が眠りに入る生体リズム事態が大幅にずれていることもある。簡単にいえば、時差ボケと同じ。頭は眠りたいのだが、体は睡眠に入る準備ができていないので、眠れない。

「三連休明けは起きるのが本当につらくて、しばらくは体調も悪い」。会社員のBさん(29)は近年増えた三連休を喜ぶ反面、翌朝出勤する際のつらさが増したと訴える。残業続きで疲れているので、休日は睡眠不足の解消とばかりにお昼近くまで眠る。だが実はこれが休み明けの体調不良をもたらす。

内山部長によると、朝起きて午前7−9時くらいの太陽の光を脳が認識すると、その14−15時間後に体が眠る準備を始める。さらに1時間から1時間半ほどかけて眠りに入っていくという。だから体のリズムを考えたら、休みでも1時間くらいの寝坊にとどめたい。疲れていたら、午後3時前に短時間、昼寝をするとよい。ただそれも20−30分程度。それ以上は避ける。

「早寝・早起き」「1日8時間の睡眠」――。健康によい睡眠といえば、こんな固定観念にとらわれがちだ。だが、これは子供の場合のこと。実は睡眠時間には個人差があり、日中に眠くなければ時間にこだわることはない。加齢と共に必要な睡眠時間は短くなるものでもある。

最近は生活習慣病の予防としても睡眠が注目されつつあり、セミナーや勉強会が増えてきている。まずは睡眠に関する正しい知識を身につけることが、快眠への第一歩となりそうだ。

(2003.3.8 日本経済新聞)