【放射線 正しく怖がるために】(中)【どうする?食の安全】(下)


【放射線 正しく怖がるために】(中)

 「検査していない野菜を外食産業は買ってくれない。自主検査しようにも、検査機関は少なく、費用も高い。どうしたらいいのか分からない」

 6月27日、東京都内で開かれた「放射能汚染と食のリスク」をテーマにしたシンポジウム。千葉県北部のJAの関係者は、検査なしの野菜が売りにくくなっている現状を会場から訴えた。

 東京電力福島第1原発の事故で、農水産物から放射性物質(放射能)が検出されて以降、検査が重要視されている。

 千葉県内のある農家では、その地域の野菜が自治体の検査で国の基準値を下回ったにもかかわらず、「納入する野菜を自主検査していなければ信用できない」と、納入先に拒否された。千葉県には「検査済みであることを証明してほしい」という生産者からの相談が相次いでいるという。

 シンポジウムで発言したJA関係者も「数値を公表する以外、消費者の信頼を得る方法はない」と嘆く。

 ■高い費用ネック

 不信が募る消費者は可能な限り多くの検査実施を求める。応えようと、生産者や生活協同組合には、取り扱う野菜などを自主検査して数値を公表する動きも出始めた。

 ただ、放射性物質を検出する精度が高いゲルマニウム半導体検出器を持つ検査機関は限られ、導入には1500万〜三千数百万円もの費用がかかる。生産者が手当たり次第に検査するわけにはいかないのだ。

 一方、国や自治体による検査は対象を拡充。検査した農水産物は6837件にものぼった(7月7日現在)。委託を受けた検査機関はフル活動で汚染の分析に当たり、そのひとつ、日本食品分析センター(東京都)は6月上旬まで土日なしの24時間態勢が続いた。

 今は限られた態勢での検査方法を模索しており、千葉県の担当者は「検査計画を緻密に立て、旬に入る農水産物を効率的に検査できるようにすることが重要だ」と話す。

 ■消費者も覚悟を

 国や自治体が6月1〜26日に調査結果を公表した1782件のうち、基準値を超える放射性セシウムが検出されたのは、福島県産のウメや淡水魚、神奈川や静岡県産の茶葉など79件にとどまった。一時期ほど広がっていない。

 これだけ綿密に検査しても、食の安全をめぐる消費者の不安は根強い。

 全国2位のモモの産地、福島県。6月下旬の県の検査では、福島市産のモモから検出された放射性セシウムは1キロ当たり9・6〜13ベクレルと、基準値(1キロ当たり500ベクレル)を大幅に下回った。

 それでも、モモの買い控えは起きている。「首都圏を中心に贈答用のモモを出荷しているが、『頑張って』と言ってくれる消費者がいる一方、『悪いが、今年は遠慮する』という顧客もいる」。原発から約60キロ離れた福島市飯坂町でモモやナシなどの果樹園を営む横江義洋さん(63)はため息をつく。

 別の畑でモモに遮光用の袋をかけていた男性は「基準値以下なら多くの人に食べてもらいたい。でも、福島産が怖いと思う消費者の気持ちも分かる」と複雑な思いを口にした。

 検査を一生懸命行っても風評被害がやまない理由について、食や環境、農業が専門の科学ライター、松永和紀(まつなが・わき)さんは「政府が基準値の科学的根拠などを丁寧に説明してこなかったせいだ」とみる。

 現実として農水産物からの検出が収束に向かっている今、松永さんは「消費者にも覚悟が求められている」と指摘。「食品の全品検査はできず、放射性物質の残留ゼロ、リスクゼロの追求は無理だ。科学的根拠のない情報に振り回されず、冷静な消費行動が求められる」と話している。

EU、静岡産食品を放射線検査へ
2011/07/04 23:59更新

  欧州連合EU欧州委員会は4日、静岡県産の食品をEUが規定した放射性物質の検査対象とすると発表した。同時に、これまでの検査対象の13都県に含まれていた新潟、山形両県産の食品について、検査で安全が確認されたとして検査義務を解除した。

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記事本文の続き 静岡県が検査対象に含まれたのは、日本の検査で同県産茶葉から基準を超える放射性物質が出たことに加え、パリ郊外の空港で同県産の緑茶から基準値を上回る放射性セシウムが検出されたため。

 今後は静岡県産の食品をEUに輸出する場合、放射性物質の検査証明書の提出が求められる。

 新潟、山形両県産の食品については、これまで550のサンプル検査を実施した結果、安全基準を満たしていることが確認されたとしている。(共同)

放射性物質の発がんリスクは?
2011/07/04 13:53更新

【どうする?食の安全】(下)

 福島第1原子力発電所事故を受け、横浜市は学校給食に使う食材の放射性物質(放射能)の測定を16日から開始した。同市では給食の食材に福島県産や茨城県産など被災地の野菜や肉を使っており、保護者からの「放射性物質の検査をしてほしい」との要望に応えたものだ。

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記事本文の続き 検査は、翌日の給食で使う食材から1品選んで行う。外部の検査機関に依頼し、1検体当たり2万5千円かかる検査費用は市からの補助金で賄う。市教育委員会では「食材は出荷地で検査されており、安全は確認されている。ただ、不安という保護者もおり、安心してもらうために検査を行うことにした」と説明する。

 ◆検査は必要だが…

 検査を求める声は、食品メーカーやスーパーなどにも寄せられている。検疫所の元食品衛生監視員、伊藤澄夫さんは「安全かどうかを知るためにいろいろな食品の検査をすることは必要だろうが、一度検査をしたものを二度、三度と検査してもより安全性が高まるというものではないと思う」と指摘する。

 BSE牛海綿状脳症)や残留農薬などが問題になったときも検査を強化する声が上がった。BSEでは、世界的には「科学的に不要」とされる、牛の月齢に関係なく行う全頭検査が国内では今も継続されている。

 ある流通企業の食品担当者によると、全国的に野菜の売り上げが落ち込んでおり、特に被災地では地元産の野菜が売れない状況が続いているという。中国産や関西以南の野菜の売り上げはそれほど落ち込んでいないといい、担当者は「放射性物質に汚染されている可能性のある食品はなるべく避けたいのでしょう」とみている。

 ◆生活習慣にもリスク

 放射性物質には発がんリスクがあることが確認されている。その意味では食事から取り込む量はなるべく少ない方がいいのは確かだ。しかし、国立がん研究センターの津金昌一郎・予防研究部長は「発がんリスクは喫煙や飲酒、運動不足、肥満、塩分の過剰摂取、野菜不足などの生活習慣にもある。総合的に考えることが大事」と指摘する。

 食品の放射性物質の暫定基準(規制)値は、食品から取り込む放射性物質を年間5ミリシーベルト以下にすることを目指して決められたものだ。放射性セシウムは「飲料水」「牛乳・乳製品」「野菜類」「穀類」「肉・卵・魚・その他」の5カテゴリーの合計で5ミリシーベルト。1カテゴリーで1ミリシーベルトを想定している。

 とはいえ、たとえ基準値内でもいろいろな食品に放射性物質が少しずつ入っていれば、基準値以上の放射性物質を取り込むことになり、将来、がんになるリスクを高めることになるのではないか。

 長崎大学の長瀧重信名誉教授(放射線影響学)は「放射性物質が心配で野菜を食べないとすれば、野菜不足によって発がんリスクが高まることになり、本末転倒。一度取り込んだ放射性物質がずっと体の中にたまっていくと思っている人は多いが、セシウムは3カ月で体外に排出される。少し基準値を超えたとしても健康に影響が出る値ではない」と説明。津金部長も「100〜200ミリシーベルトの被曝(ひばく)は、野菜不足や受動喫煙と同等の発がんリスクがあることが分かっているが、100ミリシーベルト以下の影響はよく分かっていない。国民全体の発がんリスクを下げるには、禁煙を進めた方が効果は大きいと思う」と話している。 (平沢裕子が担当しました)

                   ◇

 ■国際がん研究機関(IARC)の発がん性評価でグループ1(ヒトに対して発がん性がある)に分類されるもの

ヒ素、アスベスト、太陽光(紫外線)、喫煙、受動喫煙、放射線の被曝、アルコール飲料、カドミウムなど



2011.07.08 提供:産経新聞