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噛む健康学

 


噛むってなんだ?
 私たち人間が物を噛む時は、最大で体重の2〜3倍の強い力で噛み砕きます。ところが、現代の食べ物は軟らかい物が多く、口の中に入れるとお粥状態になって、すぐ飲み込めてしまい、噛むという行為自体が無くなってしまいます。
 噛むということには、食べ物を小さくして、胃の消化を助けるという効果もありますが、その前に噛んだという物理的な刺激が歯全体にも加えられ、歯を支えている歯根膜繊維(コラーゲン繊維)からあごの骨に伝達されます。さらに、顔の筋肉を介して頭全体の骨に伝達され、骨の甲にある細胞を圧迫したり、けん引します。こういう状態になると細胞が非常に元気になり、栄養やカルシウムを摂取して、丈夫な密度の高い骨を作り始めます。つまり、噛むことは顔全体の骨や筋肉を丈夫に育てているのです。

 また、「噛む」という情報は脳にも入力され「これは一体何だろうか」、「どれくらい噛んだら良いか」を、歯ざわりや硬さなどからすぐに判断します。そして、「これは間違いなくお刺身だ」、「食べても良い」、「コリコリしていて美味しい」というように脳全体が活力を持って動き出すのです。
 さらに「この食べ物はお袋が作ってくれた物である」とか、あるいは「友達と楽しく食べた」とか、「食べ損なった」とか、喜怒哀楽などの情報も「噛む」という行為の中には入っています。
決して、食べ物を胃に入れるための準備過程ではなく、脳の中枢を介した全身の変化や活力を引き出すための重要な行為であると考えていいと思います。

 ですから、2〜3回、ご飯粒に歯型を付けて飲み込むような食べ方ではなく、口の中に入れたら1口30回、しっかり噛むことを目標にしてください。

噛まなくなった現代人
 現代人は昔に比べ、食べ物を噛まなくなりました。これは軟らかくて美味しいものや、噛まなくても食べられる物が非常に増えてきたのが原因です。その結果、たくさん食べすぎてしまい肥満や生活習慣病になるなど、噛まないことで健康を害したり、体の活力を失うことに繋がっていきます。

 それでは、現代人はどれだけ噛んでいないかを検証しましょう!
 まず、古代食と比較するために、弥生時代に卑弥呼をはじめとした日本人が何を食べていたのか、魏志倭人伝を参考に古代食を再現して、神奈川歯科大学の学生さんに食べてもらう実験をしました。書物によると、弥生時代では、栗、クルミの乾燥したもの、カワハギの乾物、アユの塩焼き、はまぐりの塩汁、長芋の煮物、ノビル(野生のネギ)などとともに、玄米のおこわを食べていたようです。玄米おこわは炊きたてだと簡単に食べられるのですが、数分のうちに鉛のように硬くなります。

 結局、この食事にかかった噛む回数は平均3990回、食事時間は51分にもなりました。それに比べて、現代人の代表的な食事であるハンバーグやスパゲティといったファーストフードでは、噛む回数は平均620回、食事時間は11分でした。約200年の間隔がありますが、昔の食物と現代では噛む回数が1/6〜1/7に減ってしまったということが推定されるわけです。

“噛まない”から“噛めなく”なった
 とにかく、現代人が噛まなくなったことは事実です。それだけ食べ物の加工技術が進歩したし、食べ物の硬さというのもすべて粉砕して形成された物が多くなりました。軟らかくて美味しいものしか食べないという時代ですから、噛まなくても済むという状態が出来あがっているのです。
 子供から大人までがグルメ軟食を追求する飽食時代の到来の背景に“噛まない”から“噛めなくなった”現代人の実態が見えてくるのではないでしょうか?

噛んで美味しく健康のもと
 意外と気が付かないことですが、食べるということは自分以外の物が体に入ってくるということなのです。牛乳、肉、魚などいずれも大切な栄養源ですが、人間の体に直接入った場合、すべて異物(人体にない物質)として抗原になります。
 つまり、すべての食べ物は、人間にとっては“毒”あるいは“有害物質”なのです。
 花粉症と同じように、抗原は抗体を作りますから、不都合な過剰反応、またはアレルギーが起き、時には命に関わる症状を起こします。
噛んで美味しく健康のもと
 この“危険”な食べ物をいつでも自分の味方にする方法が、よく噛むことなのです。噛むことが、消化・吸収をしてくれる「胃腸の働き」を守るのです。
  しっかり噛まないと第2段階の胃での消化が不十分になりますから、たちまち自分の免疫機能が衰えてしまうことになります。胃では食べ物をバラバラにし、豚か牛か魚か完全にわからない状態にして、たんぱく質の抗原性を無くすための「消化」が行われます。

 だからこそ、胃腸に入る前に出来るだけ口(歯)で良く噛んで、小さな分子にして、消化率を良くするということが消化の大前提になります。

 その時、噛めば噛むほど唾液というものが出てきます。唾液と食べ物が良く混ざると、食べ物の本来持つ刺激性を抑えて、オブラートに包むような形でやさしく胃に対応してくれます。ゆえに、ゆっくり噛んで唾液と混ぜてあげることが大切なのです。

唾液は不老長寿の妙薬!
 唾液は通常寝ている時はほとんで出ません。起きている時でも何もしないと、だいたい1 分間に0.3〜0.5ml程度しか出てこないのですが、噛むとその5倍〜10倍も出てきます。唾液の中にはムチンというネバネバした物質で、胃を保護し食べ物を飲みやすくする成分がありますが、それ以外にも大切な成分がいろいろと入っています。例えば、アミラーゼはご飯やパンを分解して麦芽糖にする酵素です。リゾチウムは炎症をおこした時などは、抗炎症剤として薬で使うくらい強いたんぱくの分解作用がある成分で、バイ菌の増殖を抑えてくれます。その他にも、細菌の発育の抑制をするラクトフェリンや、免疫作用に関係するIgAという抗体、歯の中にしみ込んでいって歯を石灰化して強くさせるスタテリンというものも含まれています。
 これらは、唾液の外分泌成分なのですが、外分泌液が出る過程で体の中に吸い込まれていくものをホルモンと言います。

 いろいろある唾液ホルモンの1つですが、EGF(上皮成長因子)というホルモンには皮膚を若々しくする作用があります。それ以外にも血管・粘膜・臓器などあらゆる細胞の増殖に関係することがわかっています。噛んで唾液を出すことが自分の体自身を若くし、特に皮膚や胃腸粘膜を良くし、非常に元気に顔もツヤツヤにするのです。
よだれのおおい赤ちゃん

  「ヨダレの多い赤ちゃんは良く育つ」といわれますが、まさにその通りで溢れるほど出るというのは、唾液の中に入っている体を活性化するホルモンを要求しているのです。

 歳をとったから、もう軟らかいお粥で良いというのではなく、歳をとればとるほど良く噛んで唾液を出して、体の細胞を増やすEGFを出さなければいけないのです。
  噛みごたえのある食べ物やガムをよく噛んだり、より噛みごたえのある郷土料理などをじっくりと堪能しながら唾液を目いっぱいつくり、若々しい健康を手に入れてください。

老化は口から
 年をとると、だんだん若い時のようにモリモリ食べることができなくなるなど、「食べる機能」も徐々に衰えてきます。
 例えば、@うまく噛めなくなってきた、Aご飯よりお粥や軟らかいものを食べたい、B味が感じにくくなった(特に塩味、甘味)、C唾液の分泌が少なく、食べにくくなった、D水・お茶・お汁や薬などを飲むとむせる、Eのどに食べ物が残った感じがするといった症状があります。
 これは決して重大なことではなく、歳をとると誰でもそういう感覚が出てくる、自然な老化の初期現象と言っても過言ではありません。そういう時に「老いたな」と思うのではなく、それを意識して改善するのが、逆に老化防止のチャンスであると考えた方が良いのです。老化の兆しが出てきたら「もう少しあなた頑張りなさい」という神様のありがたい思し召しだと思って、老化と戦い、もっと頑張ろうという気持ちになっていただければ良いと思います。

  噛むということは口を動かしますが、口だけが勝手に動いているのではありません。口は、脳の体制運動野からの命令で動いています。つまり、口を動かすということは脳に命令され、しかも、噛んでいるという情報は脳の感覚野というところに伝達されます。すると、美味しいとか不味いなどを含め、いろいろな食感の情報を照合し、食べている物が何であるかを確認しているのです。つまり、食べ物を通して脳と対話し、脳が寝ていられない、脳を活性化させるということに直結しているのです。
 手や足を動かすと同様に、口もしっかりと動かしてあげることが、人間の五感や運動能力を活性化することになります。従って、噛むということには、半分寝かけて、老化している脳に喝を入れ、脳の働きを活性化させるという効果があるのです。

  つまり歳をとっても、軟らかいものに頼りきってはいけないということです。自分の口でしっかり噛むことが、若くイキイキと生きるための第一条件だと考えても良いですね。

口から食べて“床ずれ”予防
 我が国では、1990年初めに90万人だった寝たきり老人が、2025年には200万人を超えると予測されています。寝たきりというのは響きが悪く嫌なものですが、中でも床ずれは長い間寝たきりで布団と骨との間が圧迫され、皮膚の循環が悪くなって炎症をおこすもので、本人だけでなく介護者も深刻な苦痛に見舞われます。
最近ではその床ずれと噛むことが、深く関係していることがわかりました。原因はどうやらお年寄りの食べる能力、すなわち、食べる量が減り、食欲が無くなってくることで全体の栄養が低下して、傷に対する抵抗力が落ちるということにあるようです。
口から食べて“床ずれ”予防
 実際に、病院内栄養失調という言葉があり、高齢者の入院患者や在宅の要介護者の、血液中アルブミン量を測ってみますと、だいたい3割〜4割の方が通常の半分以下になっているのです。

 病院生活だと、楽しく一家団欒で食べるということが無くなり、食欲はどんどん落ちてきます。すると栄養が足りなくなり、傷に対する抵抗力が落ちることに繋がるのです。自分自身が寝たきりにならないためには、自己管理が大切なのです。そのためにも、可能な限り自分の口から食事をしっかり噛んで食べる習慣を老齢期になる前から作っておくことが生きることに直結する行動なのです。

噛んで鍛えるあなたの脳
 1995年に米国カリフォルニア大学・心理生物学のエス・エー・ニーパー氏らが、ラットの運動量を増やすと、海馬という記憶を司る中枢神経が活性化することを、世界で初めて証明しました。

 例えば、子供の頃、運動し過ぎたり、遊んでばかりいると、「馬鹿になるから勉強しなさい」と言われたことがあるかと思います。ところが、この実験では、運動しただけで海馬の細胞活性を司る脳栄養因子が増えたというのです。

 この文献を見て、私は本当にびっくりしました。運動をして脳が良くなるのであれば、噛むことも運動ではないかと。そこで私は、海馬の神経活動が起きるその直前に必ず動く遺伝子の初期反応遺伝子の、たんぱく質の生成について実験しました。その結果、確かに海馬の神経細胞の活性が高まることが確認され、噛むことは記憶に関わる脳を活性化させるということがわかったのです。しかし、運動だけしても勉強をしなければ成績はダメ!勉強しても、頭がさえていなければ、良い成績はとれません。
噛んで鍛えるあなたの脳
 また、岐阜大学との共同研究では、人間にチューインガムを噛ませて記憶テストを行いました。人間での脳の変化、どの部分が活性化されるかがはっきりMRI(磁気共鳴機能画像)法によって、噛むことが脳の活性化に関わることを確認することが出来ました。さらに、たくさんのスライド写真をどんどん見せたあとに、その写真の一部を替えて、もう一度見せるのです。そして、この写真の違いに気が付く記憶力は、噛んだ者と噛まない者とでは明確な差異を認めました。

 つまり、チューインガムを2分間ほど噛んだだけで、特に高齢者ほどはっきりと記憶能力が、平均10ポイントアップしたという結果が出てきたのです。やはり、ボケないためにはしっかり噛まなければいけないということになります。



大リーグの選手はなぜガムを噛むのだろう?
 大リーグ中継をテレビで見ることも多くなりました。メジャーリーガー達が、ガムを噛んでいる光景をよく見ると思います。選手だけでなく監督やコーチも噛んでおり、面白いな、生活習慣の違いなのかなと思っていました。しかしそこには科学的根拠があったのです。

 ラットの尻尾を捻って、痛みによるストレスがかかると出てくるドーパミンを測ってみました。その結果、ラットが痛がるとドーパミンが10%くらい上昇したのです。その後、棒を噛ませた状態で同じように捻ると、正常域を保ったまま、ドーパミンは上がらなかったのです。この実験をもとに、噛むということは、ストレス物質の増加を抑えるという結果が1999年に発表されたのです。
 私達は、MRIとう装置を使い、耳元で大きな音を出すことで、「うるさい」、「嫌」という嫌悪の感を抱かせる実験をしました。そういう嫌な感じが来た場合、人間の脳では扁桃体という部分の神経細胞が非常に活動してきます。要するに、不快感を感じると扁桃体が感知し、その神経細胞が活性化されてくるのです。
 そこで実験では、チューインガムを噛ませてから、同じ不快な音を出しました。その結果、なんと扁桃体はあまり活動しなかったのです。つまり、噛むという行為にストレスを抑制する作用があることが、生きた人間で証明できたのです。大リーグの選手はノルマや契約など、常に緊張感の中でプレーをしています。決して、ガムを遊びで噛んでいるのではなく、過剰なストレスにならないように、噛んでいると言えます。

 また、噛むことには、運動能力をあげる効果もあります。良く噛めば背筋が1割〜2割くらいはアップすると言われています。運動能力も非常に良くなり、過剰なストレスも抑えられるという2つの面があるということを、プロ選手は無意識に感じて、ガムを噛んでいるのかもしれません。

噛むことは生きること
 最近、テレビゲームや携帯電話のゲームが非常に流行っておりますが、これらのゲームには瞬発的な判断は必要ですが、知・情・意といった人間としての判断力は育ちません。

  脳波の研究者である日大医学部・森昭雄教授は、これらのゲームに長時間熱中していると、前頭前野(脳に入った情報を総合的に統合する部分)が上手く機能しなくなり、痴呆症の人と類似した状態になると報告しています。
 脳波で見ると良く考えている時はβ波、安静の時はα波が出てきますが、テレビゲームをやっているとβ波がどんどん少なくなっており、痴呆状態になってしまうそうです。テレビゲームでは、頻繁に入る視覚情報だけで瞬時に体を動かすので、感性や思考、意思といった最も人間らしさをつかさどっている、前頭前野を働かせる機会がありません。

  最近、食べ物を噛むことで、前頭前野が顕著に活性化されることが、世界で初めて岐阜大学医学部・藤田雅文、渡邊和子講師らの研究で証明されました。しっかり噛むということは人間らしさにも関係するということです。皆さんもよく噛んで人間らしい感性・情緒感を育てましょう。

認知症の予防に“噛む”ことはとても大切
噛むことで、脳内の知能に関係する「海馬」、統合的な働きをする「前頭前野」、あるいは情報を統合させる「連合野」、いずれもが活性化されることが、神奈川歯科大学・小野塚実教授らの研究で明らかにされました。噛むということは食べるということではなく、脳が活動するのにも必要なことだということです。また痴呆症は記憶がどんどん失われていくのですが、予防にはやはり噛むということが非常に絡んでいます。海馬をつかった短期記憶の低下がアルツハイマーや脳血管症の疾患を起こしますから、それらを正常に維持するためにも、噛むということが非常に大切になってきます。

手軽に噛めるガムはお菓子というよりも健康グッズ
 たかが噛むこと、と軽く考えていた人も「噛む」と「健康」の関係について考えて頂きましたでしょうか?

 噛むことは痴呆症、ストレス、生活習慣病などの予防に直結しているのです。現代は大人も子供も、多忙な毎日を過ごし、食生活や生活習慣は乱れています。やはり家庭では、子供と一緒に食べてあげて、「好き嫌いしない」、「よく噛みなさい」と繰り返し繰り返し言って躾てあげることが大切です。これらの食習慣は一生持ち続けますから、親から授けられた健康法として、とても大きな遺産になると言えます。また、親としても、噛むことの大切さを見つめ直し、子供たちの健康に生きて行くための大切は習慣を真剣に教えていくべきです。

  この度、私どもは「噛むこと」が脳の神経活動を活性化し、強化させることを証明した論文が、国際歯科研究学会(IADR)から、2004年度最優秀論文賞(ガイス賞)を受賞しました。噛むことが「脳」と「心」と「からだ」に働きかけ、生きるための活力を引き出すことが世界の人々に認められたのです。
 軟食グルメ化した現代人の咀嚼力の低下を補い、「噛む」という機能の回復を果たすためには、歯ごたえのある物を食べ、一口30回を目標として、しっかりよく噛むことが望まれます。

  特に、手軽にいつでも噛めるガムは、お菓子や嗜好品というよりも「健康グッズ」の一つであると言えます。自分好みのガム一枚を食前に噛めば、満腹中枢を刺激し、過食を防ぐ確実なダイエット法になります。また、食後には、キシリトール(白樺などの樹木からとれる天然の甘味料)入りガムを噛むことで、虫歯や歯周病を防ぎ、歯を健康にする効果もあります。“噛む健康学”噛んで活力に満ちたご自分の健康を保つためにも、改めて噛むことの大切さを見直してみてください。    (文責:斎藤 滋)

前日本咀嚼学会理事長  斎藤 滋(さいとう しげる)
1931年茨城県生まれ 1957年東京医科歯科大学歯学部卒。歯学博士。
1962年米国ロチェスター大学留学。
1968年神奈川歯科大口腔生化学講座教授を経て、
1993年同大大学院歯学研究科長。
2003年から日本メカノサイトロジー研究協会理事長。日本咀嚼学会監事。日本歯周病学会監事。1989年には厚生省「食を考える」懇談会委員。
1996年から2期、日本咀嚼学会理事長を務める。2004国際歯科研究学会(IADR)で最優秀論文賞(ガイス賞)受賞。主な著書に「噛めば噛むほど13の奇跡」(新潮社)、「ひみこのはがいーぜ」、「かむ力いきる力」(デンタルダイヤモンド社)、東京新聞連載コラム「噛んで元気」など。

 

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