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カラオケで脳活性

―発声・構音のための脳活動―

平場久雄 鴨川紘征

要約

外界を認識するための見る、聞く、嗅ぐ、味わう、触れると言う五感と、歩く、食べる、話すことなどは、それほど身構えることなく行える。我々が日常何気なく行っている行為は、すべて大脳皮質の限られた領域で指令されていると考えられていた(機能的局在)。最近の医療機器の発達により、ある行為時のヒト脳機能活動を大脳皮質の広い領域で調べることが容易になった。その結果ある行為時、今まで考えていた以上に多くの脳領域が活動しており、複合行為はさらにより多くの脳領域が活動していることが明らかになった。

はじめに

カナリアは、季節がくる度に新しい歌を覚える。この事実が、新しい神経細胞( ニューロン)の新生を暗示させ、続いて神経幹細胞の存在を確認させた(『脳とビッグバン』6))。

幹細胞とは、血液で良く知られている各種血球となる骨髄の細胞で、分化、成熟した細胞のもとになる幼若、未分化細胞で、このような幹細胞が神経系にも存在し、さらにヒト成人脳にもあるという衝撃的報告が最近された。この発見は、現在まで定説であった“成人ではニューロンが新生されない”という常識が全く否定されたことになる。

この神経幹細胞が胎生期の脳ではなく成人の脳で発見されたことは、熟年を迎え、老年に入ろうとしている我々にも、なんらかの刺激により脳細胞が新生されることが強く示唆された。歳をとると細胞は減るのみではないのである。

1.発声、構音そして歌

遠い昔のことになるが、我々はどのように言葉を覚え、話し、さらに歌えるようになったのであろうか?

幼児は1歳を過ぎるころから何か意味のある言葉をしゃべり始める。例えば『マー、マー』という言葉の発声から『マンマ、マンマ』までの構音運動完成の間、母親や周囲の人の話し掛けにより、舌の形、唇の形、声の強さ、軟口蓋の緊張度などを毎回、毎日、微妙に調節し、練習することにより、より母親の発音に近い言葉を発するようになる。このような、幼児体験を思い出さなくても、我々が英語などを学ぶ場合、上記の幼児と同様に、いやそれ以上に苦労した覚えは誰にでもあると思う。

ここに興味ある第二次世界大戦直後の研究を紹介しよう。当時戦争がひどくなると学童疎開というものが実施された。都会の子供たち(東京弁としておこう)は、田舎へ移り住む。当然ここでは地方の言葉、いわゆる方言(東北弁としておこう)が使われている。すなわち、東京弁を使用していた子供たちは、疎開により当然東北弁の世界へ入り込むわけである。ここで二ヵ国語、いや二方言を使いこなせる子供は、なんと小学生の上級学年の子供が非常に多かったということ
である。それより小さい子供は、東京弁を忘れ、東北弁一つになってしまい、小学生よりも上の子供は東北弁になじめず、結局東京弁で過ごした。すなわち、我々の言語獲得には、ある臨界期があるらしいことが分かる。

しかし、俳優は、そのような年齢ではなくとも努力により、実にうまく方言を使いこなすことができる。これは、熱意と訓練のたまものであろう。


【よりみち】
本題とやや外れるが、ここで脳の高次機能について考えてみよう。我々が毎日当たり前のように行っている咀嚼運動や構音運動(言葉を作る運動)は、生まれてすぐにできるものではない。咀嚼運動に関しては、生後半年位より離乳期を迎え、柔らかい食物から徐々に硬いものへと食物を変えつつ摂食する。また構音運動においてもお母さんの口の形をまねしたり、強く息を出したりしながら徐々に間単な言葉から話せるようになる。これら随意運動は、運動の中でも最も熟達した運動と考えて良いであろう。

脳の高次機能は、左右の脳の分業により成り立ったと言える。旧石器時代から新石器時代にかけて道具の使用により「利き手」が生まれ、両半球の分業が始まった。新潟大学の中田教授によれば、両半球の分業が言語誕生の足掛かりになったのではないかと述べている。このことを両半球の分業ができない幼児に当てはめてみると、言葉ができないし、右手と左手を別々に動かすことができない。この分業は、両半球を結合している脳梁の発達によっているらしい。さらに大脳皮質の反応としては、動かす手の対側を支配する皮質の領域で反対の手の動きをとめるような抑制反応が見られるようになる(『脳とビッグバン』7))。

一方、我々の顔面口腔領域について考えてみよう。出生してから半年は、哺乳期である。哺乳とは、咀嚼運動に関連した顔面筋、舌筋および咀嚼筋が一体となり収縮する。ピンとこない人は、自分で指を吸うとその実感を体験できる。

人が哺乳期から離乳期を経て咀嚼運動が完成するこ
とは、上記の左右の手の独立運動との関連が示唆される。すなわち、咀嚼筋においては、閉口筋と開口筋が対抗して働く。すなわち、開口筋が十分に活動する場合は、閉口筋活動を抑制しないと顎は十分に開口できない。そのため、咀嚼運動が完成して閉口筋と開口筋の活動を大脳皮質活動と共に記録できれば、左右の手の独立運動と同様の結果が得られるかもしれない。

2. 話す、歌うときの脳活動

我々の行っている言葉による意志の伝達は、他の動物と相違した発声や構音のための口腔諸器官の相違によるものであろうか。器官だけの相違であれば、すべての動物がそれぞれ諸言語で、さまざまな言葉を話していてもよい。しかし、ヒ卜は話すのに数年の歳月を費やし、さらに歌を歌うにはまた数年を必要とする。これだけの長期を費やし、脳のどの領域を発達させる必要があるのであろうか。

話をすることは、ヒ卜に備わった究極の随意運動であり、単語を発声するにはどのくらいの筋肉を適切に調節しなければならないか計り知れない。脳の言語中枢としては、言葉を理解するためのウエルニッケ野、言葉をしゃべるためのブローカ野が知られているが、その地にも言葉を見たり、音を聞いたり、他の声に合わせて発声したり、記憶したりともっと様々な領野が活動している。

それでは、脳のどの部位が活動しているか、”話す”や”聞く”時、脳のどの領域が活動するか見ていこう。


3. 脳とは

ここで脳についてまとめておこう。脳とは頭蓋骨内にあり、知的活動を行う「大脳」、運動をスムースに行う「小脳」および呼吸や嚥下など生命に直結する活動を行う「脳幹」に分けられる。脳幹の神経細胞は顔面や口腔の諸構造物を動かす筋に直結していると共に、唾液などの分泌に関与する細胞なども存在する。我々は、これら脳幹の細胞に命令を出している、大脳や小脳の働きを見ていくことにしたい。

その前に、話をすすめる時にいろいろと解剖学的用語がでてくるので、簡単に説明しておこう。

まず大脳は、左右の大脳半球に分かれている。大脳半球は、夏ミカンを切った時を考えていただきたい。皮の部分と種の部分に分かれている。これから主としてお話する部分は、主に皮の部分である。この皮の部分に何億という神経細胞が密にある。そしてこの皮の部分を大脳皮質と呼んでいる。この部分は、脳を表面から観ると、無数の溝が認められるところである。

図1は、脳の左側から観た図であるが、多くの溝は省略してある。大脳皮質で重要な溝は、2つある。第一は中心溝と呼ばれる縦方向の溝で、もう一つは外側溝(シルビウス溝とも呼ばれる)で斜上方へ向かう溝である。中心溝の前方は運動に関係した領野で前頭葉と呼ばれ、運動野、補足運動野およびブローカ野を含んでいる。中心溝の後方は感覚に関係し、頭頂葉と呼ばれ、体中の触覚や圧覚の中枢である体性感覚野がある。頭頂葉のさらに後方は後頭葉と呼ばれて視覚野があり、外側溝の下方の側頭葉には聴覚野が、さらに側頭葉上後方部にウエルニッケ野がある。

図1 脳左側面観図
図1 脳左側面観図


大脳皮質は機能からみて、前頭葉、頭頂葉、側頭葉、後頭葉のそれぞれにおいて運動野、感覚野、視覚野および聴覚野を除いた残りの部分を連合野と言い、前頭、頭頂、側頭、後頭連合野などと言う。特に,前頭連合野にある言葉を話すブローカ野および側頭連合野にある言葉を理解するウエルニッケ野は、失語症の研究で知られている。

小脳については、大脳の後下方にある器官で、身体のバランスをとる、運動をスムースに行う、いわゆるコンピューター的存在であると考えられている。さらに、言語などの高次機能にも関係していることが近年明らかになりつつある。

4. 大脳皮質の活動

脳卒中で入院した患者さんのなかに、手足が動かないのに加え、話せない等の症状を有する者がいる。解剖学的特徴から、大脳皮質からの末梢各筋肉群を支配する神経線維は、脳幹の延髄という場所で、反対側へ交差する。すなわち、我々の四肢は大脳皮質に対し、対側支配をとり、右側の卒中のヒトは左側の四肢に障害が、左側の卒中のヒ卜は右側の四岐に障害が現れ
る。さらに、左側に卒中を起こしたヒ卜は右側の四肢障害とともに言語障害も伴う。これは、ほとんどのヒトの言語中枢が左側の大脳皮質に存在するためである。

人体のほとんどの部位は、その現れた症状からその原因となる障害の場所を正確に推定することができる。例えば、右側の指が動かない、右側の指の知覚がないなどは、左側の大脳皮質の第一次運動野あるいは第一次体性感覚野の障害と結び付けることができる。最近、脳機能画像法の発達により、推察であったものが実際の画像となって確認できるようになった。

さらに、図2に示すようなことも分かってきた。すなわち、実際に右側の指に触れずに右の指に注意を集中すると、体性感覚野の指領域はもとより、前頭葉中央部にも脳血流の増加が認められる。このことは、体の一部に注意を集中すると対応する体性感覚野の部位に前頭葉中央部から信号が送られ、その部の感度を上げていると推察される。このことは口唇についても同様のことが言える。

図2 感覚刺激なしで指先に注意を集中する(数字の単位:ml100/gmin)
図2 感覚刺激なしで指先に注意を集中する(数字の単位:ml100/gmin)
(Roland :J. Neurophysiol 1981)

それでは、この前頭葉とは何をするところであろうか。各種動物の脳を見ると、前頭葉の最も発達したものはヒ卜であり、ネコにいたってはまったく小さい。ヒ卜の場合、この前頭葉には、後ろ下方にブローカ野、中心溝にそって運動野、前頭葉の内側に自発的な運動や運動プログラムに関係した補足運動野、そして最も高次の脳機能を統合する場所である前頭前野(知性、情緒、意思などの神経機能と密接に関連、運動のコントロールの役割)がある。すなわち、この領域の
発達がヒ卜をヒ卜たらしめている領域と言えるのである。

次に、実際に指を動かしている時は、脳のどの領域の脳血流量が増加するのであろうか。

実際に運動を行うとやはり運度野の領域が最も血流量が多くなる。また、運動のプログラムを行っていると言われる補足運動野、そして運動により実際に刺激された指の領域にも脳血流量は増加している(図3のa)。さらに、動かさないで頭の中で運動のプログラムに従っている時は、補足運動野のみの脳血流量の増加が認められる。

この事実は、実際に口唇を動かしていても同様の現象が起こることを示唆させる。

図3 一定のプログラムに従って指の運動を行った時、対側の大脳に起こった局所血流の増加
図3 一定のプログラムに従って指の運動を行った時、対側の大脳に起こった局所血流の増加
a:実際に指を動かした時 b:実際には動かさないで心の中で運動を続けた時
(Roland et al.:J. Neurophysiol. 43, 1980)

【よりみち】
ヒトを対象とした高次脳機能計測は、生体を傷つけることなく外部より記録する。これら計測法は大別してEEG(脳波)、MEG (脳磁図)などのように直接神経細胞の電気活動を測定する方法と、PET(positoron emission tomography) やfMRI(functional magnetic resonance imaging :機能的磁気共鳴画)のように、神経活動に伴う血液循環や代謝の変動から間接的に計測する方法がある。近年、開発が進んでいる近赤外分光法(光トポグラフィ)も、組織の酵素代謝と血流の変動を体外から記録できる装置として注目されている。

すなわち、間接的に脳血流量の増減を計測することによっても、神経活動の増減と同じ現象が調べられることになる。

それでは、ここで最近よく耳にするfMRIと光トポグラフィの利点と欠点について観てみよう。前者のfMRIは、広い脳の領域から記録できる利点があるが、最も大きな欠点は頭を動かせない、寝たままで行為を行う、ということである。後者の光トポグラフィは、動いてもよく、通常の行為と同じ状態での作業中の脳血流量を計測できるが、装置が小さいため、装置をおいた部位しか記録できない。このように、両者は相反する利点と欠点を有する。当然、fMRIは機械も大型であるし、高価であることは言うまでもないが、光トポグラフィは、上記と比較すると機械はごく小さく、低価格である。

5 声を出す、音を聞く時の脳活動

まず黙読を考えていだきたい。上記の例で分かるように、文章を見る視覚野、声は出していないが言葉を作るブローカ野、順序よく言葉を発するには運動プログラミングの補足運動野が働くことは想像できる。さらに声を出し音読すると、発声や構音のために運動野の活動、運動によって起こされる体性感覚野の活動と共に小脳の活動が盛んになることが最近判明した。

この小脳は、ピアノを弾いたりするような運動調節に、あるいはスポーツ等のイメージトレーニング時非常によく活動すると言われていた。しかし、発声などの言語的分野にまで活動するとは考えられていなかったのである。再考するならば、小脳は、すべての運動時の適切な筋収縮等のプログラムを貯蔵しているのかもしれない。

このように考えれば当然、発声時には口腔、咽頭、喉頭領域の何十、いや何百という筋肉を適切に収縮させ、適切な強さの呼気を肋間筋や腹筋の収縮により送りださなければならない。そしてこれらの適切な筋収縮状態、すなわち"あ"という昔のでる運動プログラムが、突き詰めれば使用するすべての音のプログラムが小脳に貯えられているのであろう。

次に、音を聞く時の脳活動を検査した結果を示そう。図4は、昔を聞くために、聴覚野が活動しているばかりでなく、音を聞き、そして口ずさんでいるのであろうか、ブローカ野も活動している。しかし、ここで注目しなければならないのは、左側よりも右側の大脳皮質が活発に活動している点であろう。両耳分離聴検査で知られていることであるが、言語音は右耳が優位、メロディーなどは左耳が優位となる。すなわち、言語音は左脳が、音楽は右脳がそれぞれ優位ということであろう。それでは、音楽を聞き、唄を歌う。この行為は両方の脳が働くことになる。

図4 音のリズム弁別時に活動する脳領域
図4 音のリズム弁別時に活動する脳領域
(Roland et al.:J. Neurophysiol. 45, 1981)

6. カラオケ時の脳活動

カラオケで唄を歌うとは、どのような機能が統合されたものなのであろうか。
1 )メロディーを聞く
2 )歌詞を見る
3 )声を出して歌い出す
4 )音程を合わせる

に分けて脳活動領域を考えてみたい。


1 ) メロディーを聞く
これは図4で示されたように左脳よりむしろ右脳の活動が盛んになるようである。聞いているのであるから聴覚野、さらにイントロなどで言葉の意味などを考えると聴覚野の広い領域が活性化されるわけである。さらに、メロディーを口ずさめば、体性感覚野そして前頭葉中央部も血流は増加するであろう。

2) 歌詞を見る
見るのであるから当然視覚野が活発に活動する。歌い出すタイミングをはかる。口を動かすための運動プログラムの始動、さらに運動野がすぐ活動できるように脳血流量は徐々に増加するであろう。

3)声を出して歌い出す
運動野の活動である。同時に運動により起こされた感覚により体性感覚野も活動しているであろう。唄とは一種の顔面口腔領域、さらには呼吸に関係した領域の運動である。このため唄を順序よく歌うには、運動プログラムを実行するために補足運動野の活動が必要である。さらに、これら運動は各種筋群の適切な運動制御のため小脳も活性化させていると考えられる。

4)音程を合わせる
ここで、メロディーを聞きながら歌っているとすれば、右側の脳も盛んに活動しているはずである。
ここで、唄を歌いながら、思い出の風景、懐かしい人との出会いなどを思い浮かべているとする。図5には、頭の中で良く知った風景などを思い浮かべている時の脳血流の増加を示している。この図で分かるように、連合野と呼ばれる多くの領域が活動していることが分かる。

図5 頭の中で、よく知っている道を辿ったとき現れる風景を次々と浮かべた時の大脳の局所血流の増加
図5 頭の中で、よく知っている道を辿ったとき現れる風景を次々と浮かべた時の
大脳の局所血流の増加
(Roland & Friberg.:J. Neurophysiol. 53, 1985)

すなわち、カラオケで唄を歌うと、大脳皮質のあらゆる領域が活性化されることが分かる。以上は持ちうたの場合であり、新しい曲に挑戦する時はさらに活発なる脳活性が予測されるわけである。

【よりみち】
最近、大脳皮質の機能がどこまで明らかにされたかまとめておこう。
図1で、大脳皮質の各領野について示しているが、現在注目されている領域がある。それは補足運動野の前の前補足運動野という領域である。この領域は、新しい運動のプログラムを作る場所ではないかと言われている。

それでは、作られた運動プログラムはどこへ貯蔵されるか。それは小脳であると考えられている。すはわち、小脳は実に多くの運動プログラムの貯蔵庫と考えてよいと思われる。

スキー選手が、ピアニストが、競技の始まる前にイメージトレーニングを行うことは有名である。このイメージトレーニング時、どこの脳が最も働くかと言えば小脳である。これは、小脳に貯えられている運動のためのプログラムを何度もくり返しイメージすることにより、このプログラムを強化していると考えられている。すなわち、貯蔵したプログラムを出しやすくするために、神経細胞結合を強化していると考えられる。

一方、咀嚼運動についても同様のことが言える。なぜ、離乳期の子供は柔らかいものから順にゆっくりと食べさせるのであろうか。これは、咀嚼運動という吸啜運動とは全く違う運動のプログラムを作成しているからである。そしてこのプログラムが完成し、小脳に貯えられると、次からは柔らかい食べ物をスムースに咀嚼運動できるようになる。

我々が、初めて見たもの、初めて口にしたものをゆっくり食べる行為は、未知の食べ物に対して、大脳皮質の前補足運動野で咀嚼運動プログラムを作っていることになる。このように考えると我々の小脳には、御飯を食べるプログラム、せんべいを食べるプログラム、プリンを食べるプログラム、するめを食べるプログラムと、ありとあらゆるプログラムが貯えられていることになる。

そして、”せんべい”を食べる時はせんべいを食べるプログラムが小脳から出てきて、まるで反射のように、自動的に考えなくても食することができるが、これも訓練によりつくり出されたものである。一方、せんべいも大きさ、硬さは千差万別である。だが基本的には"せんべいプログラム"のバリエーションにすぎない。そのバリエーションの調節は、体性感覚野の末梢の感覚情報のモニターに頼っている(Somatosensory & Mot.Res., 1997. 2000)。

以前まで、体性感覚野と言うと、受動的に触られた、またなにかに触れた時その場所を認知するために活動すると考えられていた。前記のRoland et al.(1981)の論文にも記載されているように、指先に注意を集中しても体性感覚野の活動は増加することが判明した。このような運動が起こらなくても、指先を集中させる、唇を緊張させるなどの行為でも脳活動は起こっている。

我々が何か物事を行う場合、必ずその行為(運動)に適した状態を、運動を開始する前に作る。例えば、ピアニストは鍵盤をたたく前に腕を大きくうえにふりかざした時に、叩く鍵盤の形を指で作る。また我々は、食物を食べる時には、その食物に合わせ口唇の形を、口腔の形を予め作って食物を口の中に摂取する。
すなわち、体性感覚野は、運動開始の準備段階より活動を始め、その運動によって誘発された受動的な知覚により、その運動のモニターの働きもしていることが判明した(参考資料としてSomatosensory & Motor Res. 1997. 2000を、また総合的に触覚や圧覚などの体性感覚野の機能を知りたい人は、じつにうまくまとめられている岩村吉晃氏の「タッチ」を読まれることをお薦めしたい)。

おわりに

音楽は我々の感情を盛り上げ、欲望をもくすぐる不思議なるものである。そして、感情や欲望は我々の脳活動をさらに活発にする。「私も歳だからボケ防止に一つ音楽でもやろうか」と考えても、子供とは違いさっぱりと上達しないかもしれない。むきになり過ぎて、肺障害や腱鞘炎などならぬ程度に、快楽を追求しようという気持ちをもてば、それだけ脳も活発に活動しているはずである。ボケという墓穴を掘らずに唄歌おう。


文献
1) Roland. P.E. et al.: Supplementary motor area and other cortical areas in organization of voluntary movements in man. J. Neurophysiol.,43: 118-136, 1980.
2)Roland,P .E. et al.: Focal activations of human cerebral
cortex during auditory discrimination. J. Neurophysiol., 45: 1139-1151, 1981.
3) Roland,P.E. Somatotopic tuning of postcentral gyrus
during focal attention in man. Aregional cerebral blood
flow study.J. Neurophysiol.,46: 744-754. 1981.
4) Roland, P.E & Friberg, L.: Localization of cortical aleas activated by thinking. J. Neurophysiol., 53 :1219-1243, 1985.
5)本庄 巌:言葉をきく脳しゃべる脳, 中山書店, 東京, 2000.
6)立花 隆:成人の脳にも神経幹細胞があった。脳とビッグバン、
朝日新聞社,東京,96-127, 2000.
7)立花 隆:MRで脳の秘密にせまる。脳とビッグバン,朝日
新聞社,東京,128-177,2000.
8) Hiraba, H. et al.: Mastication-related neurons in the
orofacial first somatosensory cortex of awake cats. So
matosensory & Motor Res. 14: 126-137, 1997.
9) Hiraba, H. et al,. Deficits of masticatory movements
caused by lesions in the orofacial somatosensory cortex of
the awake cat. Somatosensory & Motor Res.17: 361-372, 2000.
10)岩村吉晃:タッチ.医学書院, 東京, 2001.