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抗うつ薬、かみ合わせ乱す

抗うつ薬、かみ合わせ乱す 東京医科歯科大学、
研修医セミナー第25週「歯・口の不定愁訴」─Vol.3


2013年5月7日
まとめ:星良孝(m3.com編集部)

薬剤誘発のかみ合わせのずれ

講師は東京医科歯科大学歯科心身医学教授の豊福明氏。

豊福 精神科ではいわゆる「メジャートランキライザー」をがっつり使うことがしばしばあります。特に統合失調症を中心とした方に対してです。御存じのようにこういうお薬でドーパミンを強烈にブロックすると錐体外路症状が問題になってくることがあります。歯ぎしりなどもSSRIなどの抗うつ薬を飲むと増えると言われています。
特に注意が必要なのは、お薬の副作用で実際に歯のかみ合わせがずれてしまうことがあることです。「drug induced」と言える、薬物性開咬という事例があります。
この患者さんはもともとは「ちゃんとかんでいた」と言います。大学の准教授の方で、40歳後半にうつ症状が出て入院されていました。メジャートランキライザーが使われていました。その後からちょっとかみ合わせがおかしくなったと言います。当科初診時は少量のオランザピンと、セルトラリンなどが出ていました。

MAPSO、心理コンディションの把握。
薬剤の減量による改善。


かみ合わせは、写真のようにはっきりずれています。けれどX線写真を見ても顎関節がおかしくなっているわけではありません。一番奥の臼歯しかかみ合わない。あごの開け閉めは障害されていませんでした。不思議なことです。触ってみたら、咬筋、側頭筋、顎舌骨筋ががちがちに堅くなっている。恐らく異常緊張が起こっている。これが何なのか。

僕たちはセルトラリンによってオランザピンの血中濃度が上げられて錐体外路症状として咀嚼筋の過緊張が起きたのではないかと考えました。
それでそのまま経過を見させてもらっていると、精神科の薬がだんだん減ると、かみ合わせが戻っていったのです。歯を削ったり、処置したり、矯正したりは全然してないのに元通りに戻りました。
恐らく薬剤の副作用でこういう咬み合わせの異常が出る可能性があると考えています。実際お薬が減ると元の咬み合わせに戻ってくるわけです。外傷もないのに急に咬み合わせが変わったという患者さんには気を付けるといいと思います。慌てて歯の治療をすべきではありません。

患者の悩みを解くことを第一に

MAPSO、心理コンディションの把握。
歯科心身症の治療戦略。

豊福 連携、連携とよく聞きます。お互いを少しずつ分かって連携するのが大事です。前の職場で医科と歯科の研修医同士で患者さんの相談をしている時に、歯科の研修医は歯のことだけ言って、内科の研修医は歯を抜きで内科のことだけ言って話がかみ合わないことがよくあります。お互いの仕事や考え方を少しずつ知るといいと思います。

僕らが医療ですることは、患者にいかに安心を与えられるかに尽きると思います。病院に来られる患者がいつも言うのは「自分だけがこうなったのではないか」という不安が一つ。さらに「いつまでこの症状が続くのか」がもう一つ。その辺り、おおよそでもいいから見通しをつけて分り易くつたえてあげることは大切でしょう。
救急外来も、応急処置もそうでしょうけれども、心理面に対する配慮は非常に大事です。もちろん体の処置は手際よくないと患者からの信頼を失います。口は上手だけど点滴は下手とか、あの先生は何か調子はいいけれども歯を削るのは下手とならないよう技量を磨くことは確かに重要です。

医療者は自分の守備範囲を冷静に判断することも大切です。不定愁訴といって何でも精神科に丸投げも良くないですし、できもしないのに丸抱えも良くありません。
もう亡くなられた東京大学心療内科の石川中教授という方がいました。「よく考えてみると医療というものは患者のためにあるのであり、器質的障害の有無を問わず、患者の身体的悩みを解決するのが真の医療の目的である」と言い残されています。

皆さんは、これまでずっとテストに出るところをきっちり勉強すればよいというような教育を受けてきたと思います。けれども、いざ臨床現場に出るとテストに出ないことばかり出会います。口幅ったいことを言いますが、僕たちが食うために医療があるのではなく、患者のためにあるという原点は外してはいけないと思っています。

2013年5月7日 提供:まとめ:星良孝(m3.com編集部)