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歯科とうつ病について

歯科とうつ病について

厚生労働省は、[がん] [脳卒中] [心筋梗塞][糖尿病]の「4大疾病」に、2011年には新たに精神疾患(うつ病など)を追加して「5大疾病」とする方針を決めている。同省の2008年の調査では、精神疾患の患者323万人は、4大疾患(がん152万人、脳卒中134万人、心筋梗塞81万人、糖尿病237万人)を大幅に上回り、がん患者の2倍以上であるという報告がされている。
いまさらではあるが、われわれの歯科診療所にも多くの基礎疾患を抱えた患者が来院され歯科治療を受けられている。おそらく10年前に比べても精神疾患を持った患者も増えているだろう。そこでいま一度、精神疾患について整理し、よく理解しよう。

ICD-10による分類
1. FO 症状性を含む気質性精神障害
2. F1 精神作用物質使用による精神性及び行動の障害
3. F2 統合失調症、統合失調型障害及び妄想障害
. F20 統合失調症
. F21 分裂病型障害
. F22 持続性妄想性障害
. F23 急性一過性精神病障害
. F24 感応性妄想性障害
. F25 分裂感情障害
. F28 他の非器質性精神病性障害
. F29 特定不能の非器質性精神病

4. F3 気分(感情)障害
. F30 躁病エピソード
. F31 双極性感情障害(躁うつ病)
. F32 うつ病エピソード
. F33 反復性うつ病性障害
. F34 持続性気分(感情)障害
. F38 他の気分(感情)障害
. F39 特定不能の気分(感情)障害
5. F4 神経性障害、ストレス関連障害及び身体表現性障害
. F40 恐怖性不安障害
. F41 他の不安障害
. F42 強迫性障害(強迫神経症)
. F43 重度ストレスへの反応及び、適応障害
. F44 解離性(転換性)障害
. F45 身体表現性障害
. F48 他の神経症性障害
6. F5 生理的障害及び身体的要因に関連した行動症候群
7. F6 成人の人格及び行動の障害
8. F7 知的障害(精神遅滞)
9. F8 心理的発達の障害
10. F9 小児期及び、青年期に通常発症する行動及び情緒の障害

※ICDとはWHO(世界保健機構)が定めた診断基準による分類で、ICD-1Oは1990年のWHO総会で制定され、改定第10版にあたるもので、厚生労働省の統計も基本的にはこれに準じている。

DSM-IVによる精神疾患の分類
1 通常、幼児期、小児期、または青年期に初めて診断される障害
2. せん妄、認知症、健忘性障害、および他の認知障害
3 一般身体疾患による精神疾患
4. 物質関連障害
5 統合失調症および他の精神病性障害
6 気分障害
7.不安障害
8 身体表現性障害
9 虚偽性障害
10 解離性障害
11. 性障害および性同一性障害
12.摂食障害
13. 睡眠障害
14 他のどこにも分類されない衝動制御の障害
15 適応障害
16 パーソナリティ障害
17 臨床的関与の対象となることのある他の状態
※DSM-W (アメリカ精神医学会が定めた精神疾患の診断指針)

今回は上記の厚生労働省(2009年9月)報告で患者数の多いうつ病についてより正しく理解するために、原因や発症の要因、病態について考えていきたいと思う。うつ病の分類は、原因により外因性あるいは身体因性、内因性、心因性あるいは性格環境因性とに分けられる。

・身体因性うつ病とは、アルツハイマー型認知症のような脳の病気、甲状腺機能低下症のような体の病気、副腎皮質ステロイドなどの薬剤がうつ状態の原因となっている場合。
・内因性うつ病というのは典型的なうつ病。(躁状態がある場合は、躁うつ病という)

・心因性うつ病とは、性格や環境がうつ状態に強く関係している場合。抑うつ神経症(神経症性抑うつ)ということもあり、環境依存の影響が強い場合は反応性うつ病という。原因を重視したうつ病分類とは異なる視点からの分類は上記のアメリカ精神医学会が出しているDSM-Wという診断基準には「気分障害」という項目があり、それをうつ病性障害と双極性障害に分けられている。
さらにうつ病性障害の中に、一定の症状の特徴や重症度をもつ大うつ病性障害と、あまり重症でないが長期間持続する気分変調性障害がある。
※典型的なうつ病とは、うつ状態が一定期間持続し、治療しなくても軽快するが、治った後も再発することがある。(うつ病性挿話という)うつ病性挿話は環境のストレスなどが原因となることが多いが、原因がないまま起こる場合もあり、このようなタイプのうつ病では、セロトニンやノルアドレナリンなどの脳内の神経伝達物質の働きが悪くなっていると言われている。しかし、これもセロトニンやノルアドレナリンに作用する薬がうつ状態に効くことがあるが、まだ十分に実証されていない。うつ状態を起こす薬剤としてはインターフェロン(IFN)があるが、IFNによるうつ状態の原因は、血液の中からわずかに脳内に移行したIFNの作用、副腎皮質や甲状腺を介する作用、ドパミンやインターロイキンなどに関係する作用などが関係しているといわれている。
病態としては一般にみられる症状を以下に示す。

■自覚症状■
憂うつ、気分が重い、気分が沈む、悲しい、不安であるイライラする、元気がない、集中力がない、好きなこともやりたくない、細かいことが気になる、悪いことをしたように感じて自分を責める
物事を悪い方へ考える、死にたくなる、眠れない
■他覚症状■
表情が暗い、涙もろい、反応が遅い、落ち着かない、飲酒量が増える
■身体症状■
食欲がない、体がだるい、疲れやすい、性欲がない、頭痛、肩こり、動悸、胃の不快感、便秘がち、めまい、口が渇く

歯科とうつ病について

うつ病の診断はDSM-Wの「大うつ病エピソード」の診断基準が広く使用されており、下記の(1)〜 (9)の症状のうち、(1)、(2)を含む5つ以上の症状が2週間以上続いた場合にうつ病と診断される。DSM-Wの大うつ病エピソードの診断基準は「ほとんど一日中、ほとんど毎日の」「すべて、またはほとんどすべての活動における」「同じ2週間の間に存在」のようにかなり厳しい(うつ状態がかなり重症でなければ満たさないような)基準。

A 以下の症状のうち5つ(またはそれ以上)が同じ2週間の間に存在し、病前の機能からの変化を起こしている。これらの症状のうち少なくとも
1つは、(1)抑うつ気分または(2 )興味または喜びの喪失である。

注:明らかに、一般身体疾患、または気分に一致しない妄想または幻覚による症状は含まない。

(1)その人自身の言明か、他者の観察によって示される、ほとんど1日中、ほとんど毎日の抑うつ気分。(小児や青年ではいらだたしい気分もありうる)
(2)ほとんど1日中、ほとんど毎日の、すべて、またはほとんどすべての活動における興味、喜びの著しい減退。
(3 ) 食事療法をしていないのに、著しい体重減少、あるいは体重増加またはほとんど毎日の、食欲の減退または増加。(小児の場合、期待される体重増加がみられないことも考慮)
(4 )ほとんど毎日の不眠または睡眠過多。
(5 ) ほとんど毎日の精神運動性の焦燥または制止。
(6 ) ほとんど毎日の易疲労性、または気力の減退。
(7)ほとんど毎日の無価値観、または過剰であるか不適切な罪責感。
(8)思考力や集中力の減退、または決断困難がほとんど毎日。
(9 ) 死についての反復思考、特別な計画はないが反復的な自殺念慮、自殺企図、または自殺するためのはっきりとした計画。
B 症状は混合性エピソードの基準を満たさない。
C 症状は臨床的に著しい苦痛、または社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。
D 症状は、物質(乱用薬物、投薬等)の直接的な生理学的作用、または一般身体疾患(甲状腺機能低下症等)によるものではない。
E 症状は死別反応ではうまく説明されない。すなわち、愛する者を失った後、症状が2カ月を超えて続くか、または、著明な機能不全、無価値観への病的なとらわれ、自殺念慮、精神病性の症状、精神運動抑止があることで特徴づけられる。

うつ症状を呈する患者の多くは身体症状を訴え、約8割は精神科以外の診療科にまず受診しているという報告があり、歯科を受診される場合はうつ病の身体症状のうち、[口腔乾燥症] [舌痛症][顎関節症] [咬合異常感]といった口腔内に症状がある場合に最初に受診されることが多い。また口腔内に限局される奇異でグロテスクな異常感を訴える病気[口腔内セネストパチー]といった明らかに器質的な異常所見を他覚的にも認めることのできないこともある。例えば、糸のようなものが歯に巻きついているとか口の中に虫がいてネバネバを出しているなどの極めて奇異で、理解不能な口腔内の異常を訴える。患者自身は口腔内に間違いなく原因が存在すると確信しているので、歯科医師が頭ごなしに否定してしまうと信頼関係が築くことができないばかりかその後の治療が困難になってしまう。しかし患者の要求どおり治療を行ったとしても、症状の改善は残念ながらあまり期待できないので、われわれ歯科医師も頭を悩ましてしまう。
口腔内セネストパチーは前述している既存の精神疾患のいずれにも該当せず、中枢すなわち脳内の神経細胞のネットワークから生じる口腔内感覚の認識に何らかの障害が起こっていると考えられている。近年では「クオリア」の概念があり、導入することによって効果的な治療を行うことが可能になったとの報告もあり、一般的な対症療法、あまり意味ない治療や投薬をしないためにも歯科医師よりも抗精神薬、抗うつ薬に詳しい精神科医や心療内科医と一緒に治療を行っていくといった具合に決して見放すわけではないという安心感を与えて精神的な信頼関係を築かなければならないと思う。
※クオリア(脳の神経細胞の活動から生じる主観的な体験としての感覚的な質感)前述したように、今後ますます増えるであろう精神疾患を罹患した患者に対しての総論的な事を述べたが、機会があれば各論についても述べたい。またうつ病に関してはまだまだ十分に解明されていないのが現状ではあるが、歯科医師として現在の考え方を理解する為の一助になれば幸いである。

参考文献
1 )樋口輝彦:うつ病[第2版] 日本医事新報杜2008
2) 都温彦:心身医療と歯科医療-歯・口腔・顎と心と健康科学 新興医学出版 2005
3)三木治:心身医学42(9): 585 2002より改変
4)渡辺昌祐ほか:(協)診断及び鑑別診断プライマリケアのためのうつ病診療Q&A 第2版 金原出版:211 2000
5) 宮岡等・内科医のための精神症状の見方と対応、医学書院、1995を改変
6)西島英利監修:自殺予防マニュアル社団法人日本医師会:26、2004より改変
7)保坂隆:こころの科学106 (11)

2013年3月22日 提供:学術委員 佐久間啓文