White Family dental-site



慢性心不全??足や下半身のむくみ。

新薬登場で選択肢広がる慢性心不全治療

 慢性心不全の管理においては、うっ血や浮腫のコントロールに利尿薬が必須ですが、長期間使用すると効果が軽減してしまう患者も少なくありません。そんな中、昨年12月、心不全の適応としては国内初のバソプレシンV2受容体拮抗薬が登場しました。

  この薬は既存の利尿薬とは作用機序が異なります。バソプレシンと拮抗して水の再吸収を抑制し、水分のみを体外へ排出するのが大きな特徴。効能・効果は「ループ利尿薬等の他の利尿薬で効果不十分な心不全における体液貯留」です。ナトリウムなどの電解質量に影響を与えないため、合併症として生じることが多い低ナトリウム血症の改善効果も期待されています。

  また、最近では、慢性心不全治療薬のラインナップに加わったアルデステロン拮抗薬が、生命予後を改善するといったエビデンスも明らかになってきています。

  新薬の登場や新たなエビデンスにより、選択肢が広がりつつある慢性心不全治療。その最新の知見を紹介します。

エプレレノンやスピロノラクトンにエビデンス続々

軽症患者に対する予後改善効果への期待大

 アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬やアンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)、β遮断薬の効果が認められ始めたことで、慢性心不全の治療はここ10数年で大きく様変わりした。最近では、治療薬のラインナップに新たに加わったアルデステロン拮抗薬が、生命予後を改善するといったエビデンスも明らかになってきた。慢性心不全治療の最新の知見を紹介する

 2010年11月、標準治療を受けている軽症の慢性心不全患者にアルドステロン拮抗薬の一種であるエプレレノンを追加投与すると、プラセボ群に比べ死亡率と入院率が有意に低下することが、二重盲検無作為化比較試験EMPHASIS-HFの結果から明らかになった(関連記事:2010.12.7「エプレレノンが軽症心不全患者の死亡・入院を低減」)。

  降圧薬として広がりつつあるアルドステロン拮抗薬は、主に副腎皮質で産生されるホルモンであるアルドステロンが、腎臓などに存在する鉱質コルチコイド受容体を結合するのをブロックする。これにより、降圧を促進するとともに、腎臓遠位尿細管からのナトリウムの再吸収と水の再吸収を抑制する。

  ACE阻害薬やARBを長期投与されている心不全患者のうち、一度抑制されたアルドステロンの産生が再び亢進した状態(アルドステロンブレイクスルー)にある患者は1割以上、研究によっては約半分にも達しているといわれ、さらに予後不良であるとされる。心不全に対する詳細な作用機序は明らかになっていないが、アルデステロン拮抗薬にはこの状態を改善する効果があるとみられている。

表 NYHA分類

表 NYHA分類
ニューヨーク心臓協会(NewYork Heart Association)による、慢性心不全の重症度分類。問診から心機能障害の大体の程度を簡便に把握できる。

 冒頭で紹介したEMPHASIS-HFの対象は、55歳以上で、ニューヨーク心臓協会(NewYork Heart Association)による重症度分類(NYHA分類)でクラスII(表)に該当する比較的軽症の心不全患者。標準治療として、ACE阻害薬とARBのいずれか、または両方とβ遮断薬を併用し、推奨される用量または最大耐用量が投与されていることを条件とした。エプレレノン投与群とプラセボ群で心血管死亡または心不全による入院の割合、全死因死亡の割合などを比較したところ、エプレレノン投与群の方が有意に少なかった(図1)。

図1

図1 EMPHASIS-HFの結果(出典:N Engl J med 2011; 364: 11-21.)

  対象は、55歳以上で、ニューヨーク心臓協会による重症度分類でクラスIIに該当する比較的軽症の心不全患者。左室駆出率(1回の拍動で心臓から送り出される血液の割合。正常な左室駆出率は約60%)が30%以下か、または30%以上35%以下で心電図のQRS間隔が130m秒超であることを条件とした。さらに、標準治療として、ACE阻害薬とARBのいずれか、または両方とβ遮断薬を併用し、推奨される用量または最大耐用量が投与されていることとした。

  エプレレノンは、開始用量を25mg/日とし、最高50mg/日まで増量して投与。その結果、心血管死亡または心不全による入院の割合は、エプレレノン投与群で18.3%、プラセボ群で25.9%。全死因死亡はエプレレノン投与群で12.5%、プラセボ群で15.5%だった。心血管死亡はエプレレノン投与群で10.8%、プラセボ群で13.5%で。全死因死亡または心不全による入院の確率は、それぞれ19.8%と27.4%。心不全による入院とすべての入院も、エプレレノン投与群で有意に少なかった。

  同試験は追跡期間の中央値が21カ月になった時点で、エプレレノンの優位性が明らかになったとして中止されている。

慈恵医大循環器内科主任教授の吉村道博氏は、「標準治療にエプレレノンを加えると、過去に報告のあった重症の慢性心不全群のみならず、軽症群においても死亡率が有意に低下したという同試験の結果は、非常にインパクトが大きい」と評価する。

  北大循環器内科教授の筒井裕之氏は、「EMPHASIS-HF以前に行われた臨床試験RALESの対象は、軽い労作でも息切れや疲労感などの症状があるNYHA III度以上の重症な患者だった。エプレレノンは、外来患者のほとんどを占めるNYHA I〜II度といった比較的軽症の患者にも効果が期待できる」と話す。

  米国では、エプレレノンは心筋梗塞後のうっ血性心不全の治療薬として既に使用されているが、日本での適応は高血圧症のみ。とはいえ、高血圧を合併した軽症の心不全患者には使用可能で、その意義は極めて高いといえそうだ。現在、エプレレノンの心不全の適応取得に向けて治験が進められている。

国内でも予後改善効果認める研究
  国内でも、アルドステロン拮抗薬の心不全への効果を検討した研究JCARE-CARDの結果が明らかになっている。使用されたのは、国内で唯一、心不全への適応があるスピロノラクトンだ。

 慢性心不全の増悪により入院した患者2675人のうち、左室駆出率が40%以下の患者と弁膜症の患者を除外した946人を対象に、退院時にスピロノラクトンを投与していたかどうかで2群に分け、平均2.4年追跡した。その結果、スピロノラクトンを投与した群は、非投与群に比べ、全死亡リスクが約38%低下し、心臓死のリスクも約48%低下していた(Circulation Journal 2010; 74 : 1364-71.)。

  研究班の主要メンバーである北大循環器内科教授の筒井氏は、「RALESやEMPHASIS-HFのようなランダム化比較試験(RCT)は治療薬剤のエビデンスとして重要だが、合併症が少ない限られた患者が対象で、実臨床での患者像を必ずしも反映していないというデメリットがある。しかし、日本人患者を対象としたこの前向き観察研究の結果により、実臨床でもアルドステロン拮抗薬が慢性心不全患者の予後の改善に有効であることが分かった」と話す。

腎機能障害の患者に注意
  慢性心不全治療において、エプレレノンやスピロノラクトンは、ACE阻害薬またはARB、β遮断薬といった既存のラインナップに追加投与される可能性が高そうだ。既存の利尿薬と入れ替えて使用する選択肢もあるが、「うっ血のコントロールにはフロセミドなどのループ利尿薬が効果が高いため、アルドステロン拮抗薬との併用を選択することが多い」(筒井氏)からだ。

  副作用としては、まず注意すべきなのが高カリウム血症。エプレレノンに関しては、高血圧症を適応とした添付文書で、微量アルブミン尿または蛋白尿を伴う糖尿病患者、クレアチニンクリアランス50mL/分未満の重度の腎障害の患者などは投与禁忌。心不全での適応が認められた場合にも、腎障害を持つ患者は、適応を慎重に判断する必要がありそうだ。

  一方、スピロノラクトンも、高カリウム血症を誘発するリスクが高いことから、急性腎不全患者への投与は禁忌とされている。また、スピロノラクトンは鉱質コルチコイド受容体への選択性が低く、女性化乳房や月経異常といった内分泌系の副作用の発生頻度が少々高い。なお、エプレレノンはより選択的に鉱質コルチコイド受容体に結合するため、内分泌系の副作用の発生頻度は低いと考えられている。
注目される拡張不全型心不全

  慢性心不全は、左室駆出率(EF)が低下する収縮不全型心不全と、EFの低下を認めない拡張不全型心不全に分けられる。拡張不全型は、EFがほぼ正常値に保たれているために見落とされがちだが、予後が不良で、薬物治療の効果があまり得られないことなどが複数の研究から示され、最近注目を集めている。

  欧米では、拡張不全型の中でも、高血圧や心房細動などの合併症が影響しているとみられる患者が増えているとの報告がある。また、国内の前向き観察研究JCARE-CARDの対象となった慢性心不全患者の原因疾患においても、左室駆出率(EF)<40%と定義した収縮不全群では、虚血性心疾患と拡張型心筋症が多くの割合を占め、EF≧50%と定義した拡張不全群では、高血圧が44%と最も多くを占めた(図2)。

図2

図2 慢性心不全患者の原因疾患(JCARE-CARDより)
慢性心不全の増悪により入院した患者を平均2.4年追跡した。心不全の原因疾患を調べたところ、左室駆出率(EF)<40%の収縮不全群では、虚血性心疾患と拡張型心筋症が多くの割合を占めた。一方、EF≧50%の拡張不全群では、高血圧が44%と最も多かった。

 高血圧が拡張不全型心不全のリスク因子である理由は明らかになっていないが、高血圧状態の持続により左室が肥大し、それにより左室の拡張機能障害が生じるほか、血管抵抗性の増大、レニン・アンジオテンシン(RA)系や交感神経系の活性化など、様々な要因が関与して発症すると考えられている。

  筒井氏は、「息切れ、呼吸困難、疲労感、むくみといった臨床症状のほか、高齢者(特に女性)、高血圧、心房細動などの既往が拡張不全型心不全のリスクファクターと考えられる。高血圧のコントロールを厳格に行うことが発症・重症化を防止する上で重要だ」と話す。

  拡張不全型心不全は、息切れ、労作時呼吸困難、疲労感、むくみ、体重増加などの臨床症状が収縮不全型に比べて顕著でないことが多いため、疑わなければ診断できない。

  「拡張不全型の場合、一見自覚症状がなくても、B型ナトリウム利尿ペプチド(BNP)を測定すると高値で、そこで拾い上げられるケースは少なくない。一般的にBNP値が100pg/mLを超えると心不全の疑いが強いが、拡張不全型であれば80pg/mL程度でも心不全が疑われるので、診断に当たっては他疾患の除外も含め注意が必要だ」と筒井氏は注意を促している。

  最近では、海外、国内ともに、拡張不全型心不全患者を対象とした大規模臨床試験が行われるようになってきた。海外では現在、左室駆出率45%以上の拡張不全型心不全患者に対するスピロノラクトンの効果を検討するランダム化比較試験TOPCATが行われている。国内では、Ca拮抗薬であるニフェジピンが拡張不全型心不全患者の予後を改善するかどうかを検討する非盲検無作為化群間並行比較試験DEMANDが10年から始まった。11年末まで被験者を募集し、4年間のフォローアップが行われる予定だ。

新機序の利尿薬「トルバプタン」の使い方

心不全患者の低ナトリウム血症に効果

 慢性心不全の管理において、うっ血浮腫のコントロールに利尿薬は必須だが、長期間使用すると効果が軽減してしまう患者も少なくない。また、合併症として低ナトリウム血症などが生じることも多い。そんな中、昨年12月に、心不全の適応としては国内初のバソプレシンV2受容体拮抗薬が登場した。既存の利尿薬とは異なる作用機序のこの薬は、既存薬でコントロールが不十分な体液貯留や低ナトリウム血症への効果が期待されている。

 慢性心不全治療においてしばしば問題となるのが、低ナトリウム血症だ。低ナトリウム血症とは、血清ナトリウム濃度が135mEq/L以下に低下する状態を指し、悪心、食欲低下、傾眠、無欲状、精神不穏、痙攣などを生じる。体液の過剰貯留、腎不全などにより引き起こされる。

  低ナトリウム血症の原因は大きく3タイプに分けられるが(図1)、慢性心不全患者における低ナトリウム血症は、体内の水分が過剰となり、ナトリウム濃度が相対的に低くなることから生じると考えられる。

図1 

図1 低ナトリウム血症の分類(中村氏作成の図を編集部で一部改変)

 低ナトリウム血症の発症頻度は決して少なくなく、心不全入院例の約3分の1が低ナトリウム血症だったという報告もある。さらに、「多くの研究から、低ナトリウム血症患者は生命予後が良くないことも分かってきた」と、さいたま市民医療センター循環器内科の中村智弘氏は話す。

  また、利尿薬を長期間使用していると効果が表れにくくなり、低ナトリウム血症とうっ血・浮腫への対応が難しくなる場合がある。そうしたケースでは、ループ利尿薬の増量や、経口から持続静注への切り替え、ループ利尿薬とサイアザイド系利尿薬の併用などで対応するが、それでも効果がない重症患者には、時間をかけて緩やかに除水を行う持続的血液濾過透析(CHDF)を施行するのが一般的だ。

  ただ、「CHDFは長時間持続して除水を行うことができ循環動態が不安定な患者でも適用可能な半面、出血やコストなど患者の負担も大きい」(北大循環器内科教授の筒井裕之氏)。また、CHDFなどでいったんは症状が改善しても、再度すぐにうっ血が生じ、短期間で体重が急増してしまうなど、管理に難渋するケースは少なくない。

水分のみを体外に排出
  そんな中、低ナトリウム血症とうっ血・浮腫の改善効果が期待されているのが、2010年12月に登場した新機序の利尿薬、バソプレシンV2受容体拮抗薬(一般名トルバプタン)。効能・効果は、「ループ利尿薬等の他の利尿薬で効果不十分な心不全における体液貯留」とされている。

バソプレシンは脳下垂体後葉で産生され、V2受容体に結合して体液を保持する性質を持つ抗利尿ホルモン。既存の利尿薬の多くは、ナトリウムと水双方の排出を促すが、トルバプタンはバソプレシンと拮抗して水の再吸収を抑制し、水分のみを体外へ排出する(図2)。ナトリウムなどの電解質量に影響を与えないことが、大きな特徴だ。心不全の治療でよく用いられるループ利尿薬やサイアザイド系利尿薬を服用しても体液貯留のコントロールが困難な患者が適応となる。中村氏は、「具体的には、重症心不全患者や罹患年数が長い患者、利尿薬が既に高量投与されている患者などが心不全増悪を来した場合に、適応となる可能性が高い」とみる。

図2

図2 利尿薬の作用機序

 国内第3相試験では、他の利尿薬を投与しても体液貯留が認められるうっ血性心不全患者110人に、トルバプタン15mgまたはプラセボを1日1回、7日間経口投与した。トルバプタン投与群ではプラセボ群と比べて有意な体重減少が認められ、体重減少は投与翌日から投与期間を通じて継続した(図3)。また、最終投与時における心性浮腫に伴う頸静脈怒張、肝腫大、下肢浮腫などが改善した。

図3

図3 国内第3相試験におけるトルバプタンの臨床成績(添付文書より)

利尿効果強く、腎不全と血栓塞栓症に注意
  ただし、投与に当たっては注意も必要だ。「血清ナトリウム濃度が急激に上昇すると、神経障害(橋中心髄鞘崩壊症)を来す可能性がある」と中村氏は話す。そのため、添付文書では、トルバプタンの投与による橋中心髄鞘崩壊症や急激な利尿効果による脱水症状のリスクを挙げ、入院下で投与を開始、再開するよう求めている。また、投与を開始もしくは再開した日は、投与後4〜6時間後、および8〜12時間後に血清ナトリウム濃度を測定し、その後も週に数回程度を目安に測定するよう求めている(下表)。

トルバプタンの投与上の注意点(添付文書より)

●本剤は水排泄を増加させるが、ナトリウム排泄を増加させないことから、他の利尿薬と併用して使用する。

●投与初期は、過剰な利尿に伴う口渇などの副作用が表れる可能性があるので、患者の状態を観察し、体重、血圧、脈拍数、尿量等を頻回に測定する。口渇、脱水などが表れた場合には、水分補給を行うよう指導する。

●投与開始後24時間以内に水利尿効果が強く発現するため、少なくとも投与開始4 〜6時間後および8〜12時間後に血清ナトリウム濃度を測定する。投与開始翌日から1週間程度は週に数回測定し、その後も投与を継続する場合には、適宜測定する。

●血清ナトリウム濃度125mEq/L未満の患者に投与した場合、急激な血清ナトリウム濃度の上昇により、橋中心髄鞘崩壊症を来すおそれがあるため、24時間以内に12mEq/Lを超える上昇が見られた場合は、投与を中止する。

●本剤の水利尿作用により循環血漿量の減少を来たし、血清カリウム濃度を上昇させるおそれがあるため、投与中は血清カリウム濃度を測定する。

●めまいなどが表れることがあるので、転倒に注意する。自動車の運転など、危険を伴う機械を操作する際には注意させる。

 トルバプタンの重要な副作用として挙げられているのは、急激な利尿作用により循環血液量が減少し、血液濃縮を来した場合に起こり得る腎不全と血栓塞栓症だ。そのため、重篤な腎障害や冠動脈疾患・脳血管疾患の患者は慎重投与の対象とされている。「トルバプタンは利尿効果が大きいので、慢性心不全の急性増悪には有効だが、慢性期にどう使うかは今後の検討課題」と筒井氏。

  脱水、高ナトリウム血症や高カリウム血症の有無など、患者の病態に応じて投与を判断する必要もある。他の利尿薬との併用が推奨されていることもあり、既存薬の代替薬として単剤で長期的に投与するというよりは、短期集中的にワンポイントで使う位置づけになりそうだ。

慢性心不全患者への外来点滴療法の効果は?

薬剤の使い分けと低用量がカギ

 慢性心不全患者は病態の急性増悪が致命的になる可能性が高いが、標準治療が奏効しない患者に対してはなかなか打つ手がない。そんな中、兵庫県立尼崎病院では、増悪前に薬剤を間欠的に外来で投与し、重症化を食い止めようという取り組みを行っている。

 兵庫県立尼崎病院では、入退院を繰り返している重症の慢性心不全患者に対して、外来点滴療法を実施している。通常は増悪後に入院下で行われる心不全治療薬の点滴を、患者が外来に通院して行うものだ。

  重症化防止のために行われる慢性心不全の治療は、通常、アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬やアンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)、β遮断薬の投与となる。それでも急性増悪を来した場合、薬物療法としては、入院下で血管拡張薬強心薬PDE阻害薬カテコラミンなど)を投与するのが一般的だ。

 尼崎病院の外来点滴療法は、それらの薬剤を心不全の増悪前に間欠的に投与することで、重症化を食い止めようという試み。同病院循環器内科部長の佐藤幸人氏は、外来点滴を始めた理由について、「慢性心不全が徐々に重症化し、末期ともなると運動耐容能が低下する。そのため、低栄養状態や感染症を引き起こし、患者の生活の質は著しく低下する。同時に、急性増悪により入退院を繰り返すため、莫大な治療費がかかる。これらの問題を少しでも改善し、患者の負担を軽くする手段がないか考えた結果、外来での点滴療法に行き着いた」と話す。

  最近では、経済的な理由や、看病する人がいないなどの理由で入院が困難である人も少なくなく、外来点滴の必要性をますます実感しているという。

対象はNYHA分類でIII度〜IV度の重症患者
  同病院は、15年ほど前から外来点滴療法を開始。これまで20数人の患者に対し実施してきた。外来点滴の対象としているのは、ニューヨーク心臓協会(NewYork Heart Association)による重症度分類(NYHA分類、下表)でIII度またはIV度の状態が続く重症の心不全患者のうち、本人や家族の同意が得られた人。ただし、高度の腎機能障害がある患者は、外来点滴の対象外としている。透析導入の必要があり、外来点滴と維持透析の併用は時間的拘束が大きく、患者や家族の負担を減らすというコンセプトから外れるためだ。高度の大動脈弁狭窄症がある患者も、外来点滴に用いる強心薬が虚血や致死性不整脈を誘発するリスクがあるため、対象としていない。

表 NYHA分類

表 NYHA分類
ニューヨーク心臓協会(NewYork Heart Association)による、慢性心不全の重症度分類。問診から心機能障害の大体の程度を簡便に把握できる。

 外来点滴は週1〜2回、1回につき約4時間かけて行う。外来点滴の重要なポイントは、低用量で行うこと。同病院での平均投与量は、ナトリウム利尿ペプチドであるカルペリチドは0.033μg/kg/分、PDE阻害薬であるオルプリノンは0.11μg/kg/分、カテコラミンであるドブタミンは3.3μg/kg/分。一般に、急性増悪時に入院下で治療する場合は、カルペリチドは0.1〜0.2μg/kg/分、オルプリノンは0.4μg/kg/分、ドブタミンは5μg/kg/分(最大で20μg/kg/分)程度まで増量可とされており、それと比較するとかなり低用量だ。高用量のカテコラミンの使用により不整脈が増加したなどの報告もあるため、「外来では安全性の担保のためにも、低用量で行うことが重要」と佐藤氏は強調する。低用量を厳守しているため、これまで点滴中の不整脈の増加、血圧変動による中止はないという。

また、もう一つのポイントとして佐藤氏が挙げるのが、薬剤を使い分けることだ。過去に外来点滴の効果を検討した研究で用いられていた薬剤は主にカルペリチドだが、同病院では、患者の収縮期血圧に応じて、カルペリチド、オルプリノン、ドブタミンを使い分けている(図1)。「低血圧の患者にカルペリチドを使用すれば、かえって病態を悪化させる可能性があるため、一律に同じ薬剤を用いるべきではない」と佐藤氏。

 点滴中は安全性の担保のため、血圧、酸素飽和度、心電図をモニタリングし、不整脈の有無や血圧の変動をチェックする。点滴の頻度や入院治療への移行の検討については、単純X線像や点滴の前後に測定する尿量と体重、自覚症状改善の度合いなどを踏まえて判断する。週1〜2回の点滴で効果がない場合は、入院治療への切り替えを強く勧めている。

  外来点滴治療の設備は至ってシンプルだ。専用の部屋は設けず、外来化学療法室のオープンスペースに、点滴用のベッドを2床確保している。専従スタッフはおらず、外来化学療法室の看護師がほかの患者とともに様子を見ている。

外来点滴で急性増悪入院も大幅減
  こうした取り組みの結果、外来点滴療法の施行前後で患者の1カ月当たりの入院日数は約6割減少し、1カ月にかかる医療費(保険点数)も約半分に減少(図2)。入院した場合でも、1回当たりの在院日数は短くなったという。末期心不全患者が対象であり、延命効果についてははっきりとしないが、患者の経済的な負担が減り、家族と過ごせる時間も得られて喜んでもらうことが多いという。

 

図2

図2 外来点滴療法の効果(佐藤氏による)
(出典:救急・集中治療 2010 ;22 : 215-20.)

外来点滴は、今のところほかの病院に広がるところまではいっていない。佐藤氏はその理由について、「経験がないため、医師や看護師などの医療スタッフや必要設備をどう配置すればいいか分からず、安全性に対しても漠然とした不安があるからではないか」と分析する。ただ、これまで問題は生じておらず、最近では、「当院での取り組みとその成果を知った他の病院の医師から、『ぜひやってみたい』という声も聞くようになった」と佐藤氏。

  尼崎病院では最近、血圧が保たれており急性増悪を繰り返すには至っていない、やや軽症の心不全患者に対する外来点滴も試みている。ワンポイントで実施する、より短期間・短時間での介入(硝酸イソソルビドの外来点滴)において、入院を回避できた例を経験しているという(下記の症例参照)。「介入の必要性がないような心不全患者に外来点滴を行うことは意味がないが、従来の適応よりもやや軽症の患者にもメリットがあるのであれば、適応範囲についてはさらに検討していきたい」と佐藤氏は話している。
症例 入院回避に血管拡張薬の外来点滴治療が奏効した1例(提供:佐藤氏)

  83歳男性。3年ほど前に心エコーで左室駆出率(EF)28%、心機能低下を指摘された。心臓カテーテル検査の結果、心筋梗塞後心不全と診断された。心不全症状の悪化による入院歴はなく、ロサルタン、フロセミド、アスピリン、ロスバスタチンを投与後、EFは53%まで改善していた。

  昨年になって呼吸困難症状が悪化。BNP値は1285pg/mL、単純胸部X線像で肺うっ血の所見を認めた(左写真)。血清クレアチニン値は0.7mg/dL。入院を勧めたが、認知症の妻を介護する者がいないという理由で拒否した。血圧は162/79mmHg、SpO2は94%。自力歩行で来院可能で、起座呼吸も認めなかったため、入院回避を目的として、外来点滴治療を3日間行った。

  フロセミド20mgを静脈投与後、硝酸イソソルビド5mgを50mLの生理食塩水で希釈し、1時間で点滴投与。呼吸困難が軽快したのを確認後、帰宅させた。2日目にはBNP値が867pg/mL、3日目には385pg/mLと低下し、症状は3日目にはほぼ認めなくなった。血清クレアチニン値は点滴開始後に1.0mg/dLとやや上昇したが、その後0.7mg/dLまで戻り、肺うっ血も改善(右写真)。入院を回避できた。

2011.02.16〜18 記事提供:日経メディカルオンライン