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抜歯した場合も解放創を維持することが大切?

イヌ・ネコによる咬傷、創内の洗浄は必要なし?

ナイロン糸ドレナージで感染防止

イヌやネコなどのペット、野生動物やヒトによる咬傷は創感染が起こりやすい。
特に歯牙が脂肪層に達すると、創内部が閉鎖腔となり細菌は増えやすく危険だ。
一般的には洗浄が推奨されるが、夏井睦氏は継続的な創内の液体排出こそ重要と考える。

「咬傷の治療を考えると、本質的な問題は、創内に血液やリンパ液が滞留し、細菌増殖の場ができること。単に創面を洗浄しても意味はなく、液体を適切に排出させることが重要だ。創内部を閉鎖腔にすることを防げば感染は恐くない」。茨城県の石岡第一病院傷の治療センター長の夏井睦氏はこう説明する。

 イヌやネコといったペットを中心に、咬傷は日常診療において遭遇頻度の高い疾患。時には、野生動物や人による咬傷も問題となり得る。

 こうした咬傷で厄介なのは感染が高い確率で起きること。動物の口腔内に存在する細菌が、歯牙が食い込む時に深くまで付着するからだ。さらに、創傷の入り口が狭く、創内部が閉鎖腔となって、血液や壊死組織で細菌が増殖しやすくなってしまう。

 咬傷は「垂直型」と「水平型」に分かれる。歯牙が皮膚や皮下組織を貫くのが垂直型で、皮膚軟部組織が噛み取られて欠損したのが水平型。より大きな問題となるのは垂直型で、初期に適切な処置を行わないと確実に化膿してくる。

 夏井氏が創傷治療で一貫して問題と見るのは、血液やリンパ液という細菌増殖の場が存在することだ。「垂直型咬傷では、腔に溜まった液体は正常な循環から切り離されており、いったん感染が起きると、感染を抑えることが難しい。抗菌薬を投与しても、血液を介して運ばれる抗菌薬は十分に腔内には届かない。さらに貪食細胞も入り込めない。咬傷を縫合したりテーピングしても、たまった液体が全く外に出られず、感染はむしろ起こりやすくなってしまう。重要なのは、たまった液体を外に排出すること」(夏井氏)。

 夏井氏は特に垂直型の咬傷の治療について、5つのポイントを挙げる。まず、抗菌薬が創内に届きにくいとはいえ、細菌増殖を抑える目的で、広い抗菌スペクトラムの抗菌薬を投与することは必要と見る。2つ目は、創の消毒、創内の洗浄は実質的な効果はなく、不要ということ。3つ目は、ナイロン糸ドレナージを掛けるということ。4つ目は、創面を、吸収力の強いポリウレタンフォームやアルギン酸などの被覆剤で覆い、液体を吸い上げること。5つ目は、裂創でも縫合しなくてよいということ。

消毒や洗浄はほぼ無意味

 中でも「ナイロン糸を使ったドレナージが有効」と夏井氏は強調する。下に提示した写真は中型犬による咬傷。前腕遠位背側尺側に、長さ約1cm、深さ約1.5cmの傷があり、脂肪層に達していた。夏井氏はナイロン糸を利用したドレナージで治療した。

 ナイロン糸のドレナージとは、1-0あるいは2-0のナイロン糸を3本から5本創内に挿入して、創内が閉鎖腔になるのを防ぐ方法。毛細管現象の原理で、腔内の液体が排出される。写真では、1-0の糸を3本ほど入れた。奥まで入れる必要はないという。ナイロン糸が飛び出さないよう、絆創膏を張り、ガーゼで覆った。夏井氏は、この方法を咬傷の治療に広く適用している。

 夏井氏は、「創内を洗って細菌数を減らす発想はあるが、多分『机上の空論』。受傷直後であれば、洗浄も意味があるかもしれない。しかし、感染成立には創面の細菌数は重要でなく、感染源となる創面の液体を持続的に排出することこそ必要で、洗浄は本質的には意味はない」と考えている。受傷から時間が経過すると、傷口の入り口が閉じかけていることから、局所麻酔下で入り口を少し広げ、確実にドレナージが効くようにナイロン糸を挿入することが有効という。

 また、過酸化水素水といった消毒液で洗浄して、嫌気性菌を除去する処置については、「全く無意味」というのが夏井氏の考え。ドレナージを効かせて好気条件にすれば嫌気性菌は増えないと見ている。

 顔面の咬傷は傷痕を残さないよう、縫合が考えられるが、「縫合しない方がよい」と夏井氏。「縫合によってむしろ感染を招き、傷が残る恐れがある」と考えている。

 なお、水平型の咬傷の治療は簡便で、創面を適切に洗った上で、止血をかねてアルギン酸を当ててフィルムで覆うだけでよい。いずれにせよ重要なのは、創面の液体を吸収して、とにかく感染の場を取り除くこと。とりわけ問題となる垂直型の咬傷において、最も有用な手段がナイロン糸によるドレナージと位置付けている。

 夏井氏は「自らの創傷治療の考え方は従来の治療法を完全否定する部分があるのだが、多数の症例を経る中で考え方は正しいという思いを強くしている。実践した人が効果を実感し、自然と治療は広がっていくのだろう。海外の論文投稿(J Wound Care. 2003;12:63-6.)や学会発表も自ら行ったが、論文で注目されるという時代でもないだろう。むしろインターネットで症例を継続的に伝えることを重要視している(新しい創傷治療)。もちろん簡単な治療なので実践した人の中で、論文投稿されてもいい。最初に治療を始めた人が論文投稿しなければならないわけではないだろう」と話す。

咬傷例
前腕遠位背側尺側の中型犬による咬傷。
長さ約1cm、深さ約1.5cm。
脂肪層に達する
(写真提供:夏井睦氏)

ナイロン糸挿入
1-0ナイロン糸を3本ほど創内に挿入。
奥まで入れる必要はないという

絆創膏で固定
ナイロン糸が飛び出てこないよう
絆創膏で固定し、上からガーゼで覆った

2010.10.19 記事提供:m3.com