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医療従事者の言葉は・・・・

医師の言葉 治療を左右  「傷ついた」の声多く
「対話力」訓練する病院も

 医師や看護師の発した言葉で患者や家族が深く傷つくことがある。一方、患者や家族は医療者の言葉一つで治療に積極的になり、良い結果を生むこともある。医療者と患者側のコミュニケーションは、医療の質を左右する大事な要素だ。【中村美奈子】

  「終末期の患者を優しく見送ってくれることはできなかったのか」。東京都内の女性(65)は父親の主治医だった50代男性医師を今も許せない。

  父親は6年前にぼうこうがんの手術を受けた。退院後、通院に付き添った女性が医師の処置について質問すると、「患者や家族が勝手なことを言うから、日本の医療が悪くなる」と怒りだした。

  父親は手術の半年後にがんが再発、出血とぼうこうの張りがひどくなり受診した。主治医は声もかけずぼうこう洗浄を始め、父親が激痛でうめき声を上げると「患者にも我慢が必要だ!」。父親は「すみません」と弱々しく言い、主治医の対応に落胆しながら4日後に息を引き取ったという。

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  日々多くの患者と向き合う医師や看護師にとって、一人一人の患者との時間は限られる。病状や治療への説明が事務的になったり、患者の言動に感情的になる場合もあるだろう。しかし、患者や家族にも医療者に知ってほしいさまざまな思いがある。そのギャップを埋めようと、実践訓練に取り組む病院もある。

  3年前オープンした済生会横浜市東部病院(横浜市)。2月の週末、中堅職員約50人を集めた研修会で、患者中心の医療を目指すNPO「ささえあい医療人権センターCOML」(コムル、大阪市)を招いてロールプレー(寸劇)が行われた。コムルのメンバーが模擬患者を、医師や看護師がそれぞれの役を演じる。渡された台本には自分の役割だけが書かれ、相手の事情は知らされていない。

  この日模擬患者が演じたのは、乳がんが大きくなった58歳の専業主婦。乳房切除のため入院して2日目、担当看護師が病室を初めて訪ねる。看護師はこの患者について「乳房切除に抵抗がある様子」と申し送りを受けていたとの設定だ。

  患者「昨日の看護師さんにも話しましたが、(乳房)温存はできないのかと。聞いてらっしゃいますか」

  看護師「いえ、私は。お話はドクターがします」

  患者「手術はあさってで……心配です」

  看護師は関係性を築こうとさまざまな話題を持ちかけるが、患者の言葉は途切れがちだ。

  ロールプレー終了後、模擬患者の背景が明かされた。再婚してやっと幸せを感じていたが、乳房を切除すると夫の気持ちが離れるのではと不安だったのだ。手術を延期して夫と相談することもできるはずだった。看護師役を務めた後藤麻友さん(27)は「患者が何を心配しているのか、尋ねるという発想がなかった。視野の狭さを実感した」。

  また、救急外来を舞台にしたロールプレーで医師役を演じた男性(39)は「患者の背景を知る難しさが分かった。病気だけでなく、患者の人生まで診る時代なのでしょう」と言った。

  研修の講師を務め92年からコムルと活動する岐阜大医学部の藤崎和彦教授(医学教育)は「コミュニケーション技術は繰り返し練習しないと身につかない。医歯学生には05年から模擬患者とのやりとりが臨床実習前の実技試験で必須になったが、まだ医療者全体の技術が上がったとは言えない」と話す。

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  内科医で諏訪中央病院名誉院長の鎌田實さんは、医療者とのコミュニケーションの実体験を募り「言葉で治療する」(朝日新聞出版)にまとめた。治らないと事務的に伝えられた、何かのついでのように余命を宣告された……。大半は医療者の言葉に傷ついた声だが、悩みに寄り添う医師に支えられた例もある。

  鎌田さんは「医師や看護師が減らされ、医療現場に余裕がなくなってきた」と指摘しつつ、医療者にも反省を促す。「病状や治療の内容を患者に分かりやすく説明する技術が足りない。痛みに理解を示し、言葉で不安を取り除けば、患者は治療に前向きになる」

2010.3.3 記事提供:毎日新聞社