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■口腔と全身の健康との密接な関係
(歯周病連鎖)
2000年4月15日 東京国際フォーラム
Michael G.newman UCLA歯学部教授 歯周病学
訳 高橋慶壮.宮田 隆 明海大学歯学部 歯周病学講座

はじめに

歯周病は患者の全身の健康に悪影響を及ぼす可能性があるにもかかわらず、ほとんどの歯科医師や医師たちは、この事実にあまり注意を払っていない。

一般に、患者が重度の歯周病に罹患している場合には、身体に何らかの医学的な問題を引き起こす機会が増加すると考えられている。最近では、ヘルスケアにおける全身と口腔の関連性が科学的に証明されたことにより、歯周病に対する見方がこれまでとは変わりつつある。これらの新しい科学的証明により、口腔の健康が心臓疾患、糖尿病、呼吸器疾患あるいは乳児死亡といった、きわめて一般的なヒトの全身の病気や体調に関係があることが明らかとなった26,31)。

ところで、歯周病が全身の健康に及ぼす影響は、血液疾患、発育および代謝異常や感染症などの全身疾患が歯周組織の状態を悪化させる場合とは異なっている。

生体と歯周病の状態との関連を2つの方向から理解することは、患者の健康状態を良好に維持する上できわめて重要である。

第1は、歯周病の罹患率および重症度などに影響を与える因子にかかわっている。これらの因子が多く存在すればするほど、患者はより重度の歯周病に罹患する傾向にある。

まず、喫煙は古くから指摘されているリスク・ファクターである。喫煙は歯周病の発症頻度と重症度を増加させ、外科処置後の創傷治癒を遅らせるばかりでなく、全身的な生体防御能を低下させることが知られている11,14)。 喫煙は百害あって一利なく、患者の喫煙の程度と歯周病の進行度には相関があるといってよい。

また、不良な口腔衛生状態や社会的なストレスといった環境因子も、患者の口腔に影響を及ぼす12)が、その相互作用は患者の遺伝的な素因によっても影響を受ける。遺伝的に疾患にかかりやすい患者は、歯周病のリスクもより高くなる。

次に第2の問題、すなわち歯周病と前進的要因との相互作用、つまり歯周病がいかに全身に影響を及ぼしているかが、以下に述べること総説の主題である。

1.歯周医学とは何か?
歯周病と全身疾患のリスクが増加することに関する知識基盤として、"歯周医学"(Periodontal Medicine)という用語がつけられている31)。要するに科学者たちは、患者の歯周病が心臓病、低体重児出産、呼吸器疾患および糖尿病のリスクの増加に関与していることに気づいたのである。これと同様に、歯科医師は口腔と全身を関連づけることで、骨粗鬆症やホルモン分泌の変化に関する新しい情報が得られるとともに、患者管理の質を向上させる大きな機会が与えられたのである。

全身疾患と歯周組織の病態および分子生物学的な関連性は複雑であるものの、それらの意味することは非常に明快である。つまり、歯科医師と医師は、いついかなるときでも、歯周病を減少させることの重要性を無視したり、軽んじることはできないのである。歯周病が全身の健康にかかわることを示した科学的論拠は人々を納得させるのに十分なもので、それは、さまざまな社会において大きな変化をもたらしている。歯科医師、内科医、患者、消費者、教育者、企業、政府、保健会社および政策担当者は、何らかの行動を起こすためにも、この情報を熱心にプロトコールに組み込もうとしている。また、多くの新聞や雑誌等の出版物もこのことを広めるのに一役買っている。テレビはたえず画面の下に「フロスか?死か?」(Fross or Die)というテロップを流し続けた。このことは確実に一般大衆の関心を引き、さらの歯科医師もその情報に気づき出すとともに、より良い治療計画を立て、最良の治療が行えるようになってきた。

歯周医学という新しい考え方は、「害を加えることなかれという古代からの普遍的な誓約であり、われわれ歯科医師の責務である患者の治療の質をいっそう強化することになる。医療従事者は、患者の歯周病の状態と全身的な健康とを結びつけることが事実であり、非常に重要であることに気づいている。その他、遺伝的に歯周病にかかりやすかったり、骨粗鬆症のような慢性の全身疾患、喫煙のような環境因子の影響に関する新しい情報が得られることによって、歯科疾患患者を包括的にかつより慎重に評価する必要性が出てきた。

2.新しいタイプの患者
インターネットとワールド・ワイド・ウェッブ(www.)を経由した情報へのアクセスは、混合した新しいタイプの患者と消費者を生んだ。われわれ歯科関係者は、その事実を認識し対応してゆかなければならない。この新しいタイプの人こそ消費者であり患者であり、ヘルスケアの本流へ歯科医療が参入するという大きな変換により生まれたのである。歯周医学に関する情報は、患者からの歯科医療への要求を高めることにもなった。患者あるいは消費者は、より多くのことを知れば、より多くのことを望むようになり、また、自分の健康を維持するために、歯科医師の良きパートナーであろうとするものである。

3.将来展望
専門雑誌で医療費の問題が話題に上ることはほとんどない。医療の専門家として治療を治療費と切り離して考えることは大変重要であるが、治療費は、患者、経営者、政府および社会にとっては大きな問題なのである。

歯科医学は、歯科医療の将来への見通しやその重要性をも変えつつある。さらに、公衆衛生と安全性の問題が歯周医学に密接に関連している。歯周病そして究極的に歯の喪失を予防することは、医療費削減に繋がるばかりでなく、何よりも患者の心身にとって非常に有益でもある。

歯周病の予防にはもう1つの重要な意味がある。つまり、より重度の心臓病、より多くの乳児死亡、そしてより重度の糖尿病の治療に費やされるであろう莫大な治療費を、歯周病病を予防することにより削減できるのである。

歯周病の結果として起こるさまざまな全身疾患の合併症の病因は類似している。その病理は、歯周病原性細菌と産生物質が引き起こす結果として生じる。歯周病細菌は血液を介して標的とする臓器に達し、炎症反応を引き起こし、局所の病巣を形成し、悪化させてゆく。肺のような生命にかかわる臓器に寄生ケースでは、細菌自身が病気を引き起こす。細菌が除去あるいはコントロールされているとき、または歯周病が治療され口腔の健康が維持されていれば、その患者はより健康になる。読者がこの臨床的に重要なテーマに対する見識と確固たる正しい考え方を持つとともに、それらの問題についてすすんで生涯学習をすることを望んで止まない。



(1) 心臓病

最近の研究で、歯周病が心臓病の重大なリスク・ファクターとしてきわめて重要な役割を果たしていることが示され、当然のことながら、大きな反響があった。心臓血管系の疾患は世界中のいたるところで死亡率の上位を占めている。これらの治療には莫大な経済的、人的資源が投入されることに加えて、罹患した患者の"生活の質"をも奪う。これらの研究成果には大変広範囲のものが含まれているが、反面、新聞や専門団体からの情報のスローガンは簡潔明瞭で、"Floss or Die"である。一方、多くの歯科医師たちはこれらの研究を初めて耳にしたとき、「どうしてそんなことが起こるのですか?」とたずねるのが常である。

そこで、心臓病と歯周病との関係に関する論拠を簡潔に以下に示すことにしよう。

社会的な精神的ストレス、食事、遺伝、喫煙、そしてその多くの生活習慣異かかわる因子は心臓病にとって重要な役割を果たしており、研究者たちは、今まさにこれらの因子を特定し始めたといえよう。それらの詳細なメカニズムがどのようなものであるかにかかわらず、現在では歯科医師を含め患者のヘルスケアに携わる者は、心臓血管疾患への罹患と進行リスクを軽減することができる。そのためにはまず、心臓疾患にかかわる一般的要因、患者個々の要因、効果的な治療の介在、歯周組織の健康の維持、そして患者の観察などについて理解しておくことが必要である。

読者はこの情報に知的興味をもたれるかもしれない。これは歯科治療への波及効果としても重要である。ちょうど喫煙が予防できるように歯周病は予防でき、治療可能な疾患であることから、歯科医師も患者のために必要な責任を負わざるを得なくなった。さらに、ケアのスタンダード化およびトリートメント・ガイドラインの設定に当たっては、歯周病の診断、治療および予防に関する現在のレベルを一層改善するようにしなければならない。

事実
アテローム動脈硬化症と歯周病の病態には多くの共通性がある。最も重要なポイントの1つは、心臓血管と脳血管性の疾患における感染および炎症が、何によって引き起こされるかである。菌血症によって引き起こされる感染と炎症反応は、アテローム動脈硬化症の重要な決定要素のように思われる。食事、コレステロール、喫煙、運動および遺伝的素因など、その他のよく知られたリスク・ファクター間の組み合わせや相互作用により、心臓血管及び脳血管性の疾患は真に多因子性の疾患となっている。このリスク・ファクター間の複雑な関係を解析するために行われた研究者たちによる多群間の統計解析結果では、歯周病と心臓病や心筋梗塞の発症頻度とは有意に相関していると繰り返し報告している4,5,8,16,20,22〜24,27,32,38,39)。これらの相関は、喫煙、加齢、コレステロールそして社会経済的な背景などの多因子のバラツキを考慮しなくても、なお有意なものであった。

歯周病がリスク・ファクターとしてどのような全身的影響を示すかという重要な研究の1つとして、DeStefanoらは9,760人を14年間にわたって調査した。そして、歯周病以外のリスク・ファクターを考慮しても、歯周病に罹患しているグループはそうでないグループに比べ、心臓病のリスクが25%も増加していることがわかった。この研究における25〜49歳の比較的若い被験者の間では、歯周病に罹患しているグループは、心臓病に罹患する率が70%まで増加していた8)。

Beckらはもう1つの重要な研究で、1,147名の男性について、骨吸収スコアが20%以上の被験者は、20%以下の被験者に比較し心臓病に罹患するリスクが50%も高くなることを示した。いくつかの項目についてみると、その頻度は歯周病以外の要因を補正した後でも2.8倍高く、約3倍の高さで心臓血管系の疾患を引き起こすリスクのあることを示している4,5)。

歯周病に(プラーク、歯石、歯周ポケット)により引き起こされる菌血症の進行は、いくつかの宿主反応を引き起こし、それらはすべてアテローム動脈硬化症と血栓塞栓性障害の発生過程にかかわると思われる。すなわち、血小板の凝集とインターロイキン(IL)によって誘導される炎症は、歯周病原性細菌の菌血症による顕著な結果といえよう。また、血管内で生じる炎症過程は、歯周組織内の結合組織で起こる反応に非常に似ており、IL−1βは両方の疾患において重大な要素となっている。種種の異なる細胞から産生されるこの物質の産生能と活性には遺伝的な要素がかかわっている。歯周病原性細菌であれコレステロールのように食物の構成成分によってであれ、引き起こされる炎症は、血管壁を傷害する。この傷害作用は、血栓を形成し、心筋梗塞を引き起こす危険性がある。

歯周病と心臓病に対する宿主の反応は個人差が大きい(後述の「X 歯周病に対する遺伝的なかかりやすさ」の項参照)。心臓血管系の疾患にかかわる遺伝環境は複雑で、それを明らかにすることは難しい。なぜなら、複雑な環境下で生活しているヒトにおいて、本当に多くのことなった疾患が存在し、異なった多くの遺伝的要因が存在するからである。それらの多くの要因はまだ十分に解明されていないが、患者の健康を改善させるための歯科医師や医師にできる事柄は多いのである。

心臓疾患が多因子性なものであると簡単にいってしまうことは、ヒトのありふれた慢性疾患の多くが多因子性であるという見方に与(くみ)することである。これらは、糖尿病、心臓病、骨粗鬆症、歯周病そしてある種のがんを含むが、それだけではない。これらの疾病のすべてに共通してみられるのは、炎症と遺伝的な素因の決定的な役割である。このことから、歯科および医学界は患者に対し何ができるだろうか?その場合、"かなり多くのことができるだろう"というのが適切な答えである。歯周病患者に対し歯科医師はつねに、診断、歯周病の治療と予防という同じ答えを繰り返すが、それは歯周病の診断、治療と予防に関するどんなリスクも負わないからだ。



(2) 低体重児――乳児死亡

出産時の体重が2,500g以下の低体重児は、世界中のいたるところで乳児死亡の主な原因となっている。どのような方法であれ、出産時に低体重児を減少させることができれば、真に効果的なことといえる。したがって、低体重児出産を予防するため、歯周病の重症度と低体重児出産との関連を示したニュースに国民が重大な関心を寄せたことは、自然ななりゆきであろう。アルコール摂取、喫煙、妊娠年齢、全身疾患などの早期の陣痛や破水にかかわる因子は、低体重児出産の約75%に関与している。臨床的および前臨床レベルにおける細菌感染は、低体重児出産の原因因子の1つとして、研究者たちによって注目されてきた。抗菌治療の結果低体重児出産が減少したことにより、感染コントロールの重要性が強調されるようになった。いいかえれば、歯周病と低体重児出産の関連を研究したことが、細菌感染と低体重児および早産との関係を調べることにまで広がったのである6,13,21,30)。

事実
Offenbacherら30,31)は、歯周組織の感染は身体の他の部位の細菌感染がそうであるように、子宮に感染し得ると報告している。内毒素やその他の細菌構成成分のような産生物は宿主を刺激し、プロスタグランジンE2や腫瘍壊死因子αのような早産にかかわる起炎物質の産生を高めることを示唆する証拠がある。Offenbacherの画期的な研究は、症例を吟味した調査であり、その結果は大変エキサイティングなものであった。すなわち、母親が中等度から重度の歯周病に罹患していると(3mm以上アタッチメント・ロスのあある歯が全歯の60%を超えると)、低体重児を出産しやすくなり、喫煙やアルコール摂取よりも妊娠、出産にとって負の効果をもたらす。アルコール摂取、喫煙数、出産前の管理、人種、出産数そして年齢などの因子を補正してみると、その確立倍数は7.5であった!すなわち、中等度から重度の歯周病に罹患した母親は、低体重児を出産する危険性が健康な母親より7.5倍も高くなることを意味している30)。

Offenbacherの研究成果は、歯科界を刺激して行動を起こさせることになった。なぜなら、歯周病の診断、治療および予防の重要性に対し新たな関心を呼び起こすとともに、その重要性を再認識させることになったからである。歯周病を治すことにより早産の18%、つまり4万5千人の早産を予防できるのである。Offenbacherによれば、早産のリスクを持つこのグループに歯周病治療を行えば、早産にもかかわる集中治療コストだけでも1年間に10億ドルも費やしている米国の医療費削減に貢献するという。出産後にすこやかに育つ機会を与えられた両親と乳児自身にとっては、無形の精神的な利益であるとともに、何ものにも代え難い価値を持つといえよう。したがって、歯科医師はつねに歯周病の診断と予防について一層深い配慮が必要となるのである。



(3) 糖尿病のコントロール

これまでの研究から、糖尿病と歯周疾患は互いに影響を及ぼし合っていることに疑いの余地はない1)。多くの研究者たちは、歯周病患者にとって糖尿病の代謝コントロールの重要性を述べている。Mealeyによれば、歯周病のリスクと重症度はいずれも口腔清掃レベル、歯周病の範囲と重症度、歯科医師の勧める治療に対する患者のコンプライアンスと糖尿病のコントロールのレベルに直接かかわっているようだ26)。これらの要因レベルが悪化すると、炎症、出血、歯周ポケットの深さ、そしてアタッチメント・レベルといった歯周病マーカー値の上昇がみられる。また、糖尿病が歯周組織に及ぼす影響に関して、それが多因子性であることを提唱している。すなわち、歯周組織の感染に対する宿主防御、組織および細胞レベルのホメオスターシス、創傷治癒などのすべてがかかわっているのである。感染症が糖尿病患者の血糖コントロールを悪化させるという事実をみると、糖尿病患者の慢性的なあるいは活動性の歯周病を治療することは、血糖コントロールの上でも有益な効果を持つという仮説は、理にかなっているといえよう。

事実
1960年代から、糖尿病をコントロールする上での歯周治療の役割を調べた研究がいくつかある28,37)。非外科療法、全身的な抗生物質の投与、抜歯と外科治療を含む治療を行うと、血糖コントロールの悪い糖尿病患者でも、インスリンの減少と糖化ヘモグロビン値で測定された代謝コントロールに良い効果を示した、Grossiらの研究では、非外科治療とドキシサイクリン投与を受けた患者は、短期間で糖化ヘモグロビン値の改善を示している14)。プラーク中の歯周病原性細菌による炎症と有害な効果の減少は、糖尿病の合併症に深く関わる最終糖化産物の形成と蓄積を付随的に減少させる、という仮説が提唱されている。結合組織の安定を司る細胞外マトリックス・タンパクは、歯周組織の健康に大変重要な部分であり、最終糖化産物に対して最も影響を受けやすい。

歯周病と宿主の相互作用からみて、歯科医療チームには歯周病の進行と憎悪を減じる責任がある。治療中の患者にとってリスクは大変深刻である一方、過剰な歯周治療によるリスクは非常に小さい。糖尿病患者と糖尿病の家族歴を有する患者に対して行う歯周治療は、莫大な医療費上の節減に効果的である。医学および歯科医学の権威者たちは、歯周病を糖尿病の大きな合併症の1つであると認めた。したがって、もし歯周病が唯一の合併症である場合には、歯周治療をすることで、実際に糖尿病を改善できるということを強調しておきたい。


(4) 呼吸器系疾患
院内感染による肺胸膜の感染は、高い疾病率と死亡率を示している。これらの院内感染は、入院患者の約5%に起きている。これらの感染症の最悪なものは肺炎であり、その発生率は院内感染した入院患者の20〜50%に達する26)。また、集中治療や酸素吸入を必要とする患者の場合には、しばしば肺炎を併発する2,10,17)。一般的に、こららの特殊な入院患者では口腔内清掃を行うことは不可能か非常に困難である。全身的(医学的)な易感染性の状態とあいまって、抗プラーク処置が行われない状況で、歯肉縁上および縁下プラークの形成が起こる。これらの患者に対する抗生物質の全身投与は、恐らく口腔細菌による感染の頻度と重症度を軽減するのに役立つ(しかし、根絶することはできない)。このようなことを考慮すると、患者の病状を悪化させたり、呼吸器感染症を引き起こし、そのための治療費が増加するという意味でも、口腔細菌の役割を知ることは大変に重要である。

事実
ずっと以前から臨床家たちは、口腔は潜在的な肺の感染源ではないかという疑いを持っていた(図9)。患者が入院すると、呼吸器系疾患に罹患する割合が増加するということが、しばしばたいした注意も払わずに何となく話題となってきた。しかし、肺の吸引物から分離される多くが歯周病関連の微生物であるという事実は、特に興味深い。

Scannapiecoらによる一連の重要な研究は、初期に行われた多くの研究結果を拡大し、明らかにした33〜35)。彼らは、病院で集中治療を受けている患者について、頬粘膜や歯肉縁上のプラーク細菌の性状を調べた。その結果、入院せずに病院外の歯科医院で通院している患者よりも、病院で集中治療を受けている患者は、呼吸器感染にかかわる好気性および嫌気性細菌の両方とも有意に多く検出された。さらに、約65%の入院患者に、呼吸器官によくみられるS.aureusとP.aeruginosaが寄生していた。また、臨床的には、歯肉縁上プラークも有意に増加していることを指摘している。

歯周組織から分離された嫌気性および炭酸ガス好性の微生物は、呼吸器感染に強くかかわっている。またこれらの微生物は、入院および非入院患者のいずれにも、Fusobacterium, Prevotella, Bacteriodes, Peptostreptococcus, Actinomyces, Capanocytophaga, Actinobacillus, Veillonella, P. gingivalis その他を含んでいる3,7,10,17)。これらの事実からはっきりいえることは、口腔内に生息する微生物は、肺胸膜への感染のリスクを有意に高めているということである。

潜在的な呼吸器の病原体による口腔および咽頭への奇生を減少させるために、多くの手段とプロトコールが開発36)されるとともに、ゴールを達成するうえでさまざまな成果を収めた。この歯周組織と全身との相互作用に関して非常に重要なことは、日常臨床においても、歯周病の診断、治療および予防処置は最優先の治療であり、これを保証することにより歯科医師は重要な役割を果たすことができる、という事実である。このことは、口腔の健康状態によって影響を受ける全身疾患を持つすべての患者に共通するテーマである。


(5) 歯周病に対する遺伝的なかかりやすさ

歯周疾患に対する遺伝的な易罹患性と他のリスク・ファクターが結びついたときには、治療時期、程度、範囲が決められる。歯周病に対する遺伝的なリスクの科学的な発見は、炎症における重要な誘導物質と重度歯周病との関連を確認することであった9,15,18,19,29)。

Kornmanらは最近、Journal of Clinical Periodontologyに、歯周病にかかわる遺伝的マーカーを決定するための科学的な基盤を確立する臨床研究を報告している18)。同じ細菌で刺激した際に、その遺伝マーカーを有する患者は、そうでない患者に比べてサイトカインTL-1βを約4倍も産生する。このサイトカインは、歯周病の炎症と発現に決定的な役割を果たす有力な炎症メディエーターである。成人の約30%はこの遺伝子を持ち、重度の歯周病に進行するリスクが高い。

同程度のプラークが付着していても、患者によって極端に異なる臨床像を呈することがある。この事実がどのように、そしてなぜ起こっているかということは、患者個々の遺伝的に規定されたプラークに対する反応によって説明できる可能性がある。同じプラークでも患者個々によりさまざまな反応を引き起こすので、臨床的な所見もまた患者ごとに異なったものとなるにちがいない。その遺伝的なマーカーは歯周病の診断に役立つものではない。コレステロールが血管心臓系の疾患の診断ではなく、リスク・ファクターとして特定されているように、唾液サンプリングによる遺伝的マーカーは、歯周病に対する1つのリスク・ファクターを知るためのものである。歯周病に対する遺伝的な易罹患性とリスクに関する情報は、患者の全身的状態に適用されるもので、既存の細菌学的およびその他の部位特異的な生物学的なテストを補うものであるといえよう。

日常患者の管理に遺伝的なリスク情報を取り入れることにより、歯科医師は歯周病の治療を予防を最良のものにできる25,40)。疾患に罹患していない若年者をスクリーニングすることは、重要な予防のツールとなり、公衆衛生の機会を提供する。さらに、歯周病を予防することは、心臓血管疾患、呼吸器系の感染症や低体重児出産の多くのケースを予防し得るといってよいのである。


おわりに

歯周医学および歯周病に対する遺伝的な易罹患性に関する知識を基盤とした歯科臨床が、歯科医学や患者そして公的機関などの行動に変化をもたらすことは、疑いようもない。歯周病をコントロールして減少させることは、心臓病、低体重児出産および糖尿病などの全身的健康を脅かすリスクを減じることにも通じる。やがてはこのような歯周医学の情報により、単に予防と治療法のみを伝える伝統的な歯科医学の概念は、より拡張されたものとなるであろう。そして、より先を見越した健康と疾病を管理する方法が取られるようになるであろう。歯科医師も患者も治療法を決定する際に、最初に疾病のリスクおよび予知評価を利用するようになるにちがいない。臨床家は、以前より格段に早く歯周病のリスクを特定したりモニターできるので、口腔と全身の健康、さらには治療費と治療の利点との比率を最大にすることができる。初期の段階で治療法が決定できれば、予防的治療か外科治療かのどちらが適切かというプランニングが立てやすくなるのである。

"歯周医学"は、きたるべき21世紀の歯科医療の方向性を決めたといってよい。より進んだ健康管理は快適な人生につながり、誰にとっても有益だからである。

本稿は昨年(1999年)6月12・13日開催の第18回日本顎咬合学会(本年4月1日より「日本口腔健康医学会」と改称)学術大会での講演を基に著者が大幅に内容を追加し、本誌読者のために新たに書き下ろしたものである。