2005年のノーベル生理学医学賞は、オーストラリア人研究者が受賞した。マーシャルとウォレン両博士で、人の胃粘膜に生息するヘリコバクター・ピロリと呼ぶ細菌を発見、培養にも成功し胃と十二指腸の炎症や潰瘍(かいよう)との関連を示した。

胃という強酸性の過酷な環境に細菌がいるという説は、20年以上前の発見当時、革新的でなかなか受け入れられなかった。

やがて、ピロリ筋病原説は世界中で注目を集めるようになる。慢性の潰瘍の主な原因は、ストレスよりむしろ細菌であり、たった1回の除菌治療で再発しなくなった。さらに、1994年、国際がん研究機関によって、ピロリ菌は胃がんの確実な原因であると評価された。

胃がんの多い日本では、ピロリ菌の感染率は年齢とともに高くなり、かつては40歳以上で8割以上が感染していた。衛生状態の良い国ほど感染率が低く、感染時期の多くは幼児期であるという。

胃がんの多くはピロリ菌感染者だが、ピロリ菌感染者のうち、胃がんになるのは一部にすぎない。アジアやアフリカには、大部分の住民がピロリ菌に感染しているが、胃がんはほとんど発生しない地域もある。ピロリ菌の種類による違いという説や、他の要因の影響という考えもある。

食塩や塩分濃度の高い食品をよく食べる人で胃がんリスクが高くなるのは、疫学研究で繰り返し観察されている。

われわれの疫学研究では、高塩分食品をよく食べる人ほど、ピロリ菌の感染率が高くなった。動物実験でも、同様の現象が確認されている。高塩分により胃粘膜を保護する粘液が破壊された状態で、ピロリ菌の持続感染が起きやすくなるというメカニズムだ。

胃がん予防のためピロリ菌を除菌すべきかどうか、有効性は、現在、世界中で検証が行なわれている。有効だという報告がある一方、除菌による副作用や他の病気のリスク、耐性菌の発生も懸念されている。除菌がうまくいかない例もある。症状がなければ、禁煙、減塩などの生活習慣病改善が現時点では最善策だろう。

(国立がんセンター予防研究部長  津金 昌一郎)
2006.1.8 日本経済新聞