LDLコレステロール高値は脳卒中のリスク?

LDLコレステロール高値、脳卒中の危険因子とならない?

低値で総死亡率上昇も、低値と低下を区別すべきとの指摘あり

LDLコレステロールはアテローム性動脈硬化の原因とされる一方、細胞膜の構造を維持するために必須なコレステロールの運搬役を果たすタンパク質がLDLだ。
生体にとって、その高値が危険因子となるかどうか、対立する二つの見解がある。


賛成 高値は危険因子ではない

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「LDL高値よりもむしろ低値への対処が必要」と強調する東海大学・大櫛陽一氏

 「コレステロールは細胞膜の構造を維持するために必要不可欠なもの。その高値はリスクとならず、むしろ低値への対処が必要」。東海大学医学部基礎医学系医学教育情報学教授の大櫛陽一氏はこう言い切る。大櫛氏らが行った日本人2万6121人を平均8.1年間追跡したコホート調査では、男性においてLDLコレステロール100mg/dL未満の集団で肺炎や悪性新生物などによる死亡が増え、総死亡率が悪化した(脂質栄養学. 2009;18:21-32)。一方、LDLコレステロール160mg/dL以上でも総死亡率の上昇を認めたが、その上昇率は100mg/dL未満に比べるとわずかだった。女性ではLDLコレステロール高値で総死亡率の上昇は見られなかった。

 このLDLコレステロール高値でも総死亡率が上昇することについて、大櫛氏は、家族性コレステロール血症(FH)の存在を指摘する。FHは常染色体優性遺伝の疾患であり、若年のうちから著明なコレステロール高値を認め、高率に冠動脈疾患を合併する。大櫛氏の指摘は、このFHの患者がLDLコレステロール高値のグループに多く含まれ、その結果、このグループの総死亡率上昇を招いたという意味だ。このFHという患者集団が、今まで国内外で行われてきた多くのコホート試験の結果に影響を与えていると大櫛氏は強調する。

 ではFH患者において、LDLコレステロール高値がリスクとなるかと言えば、「そうではない」と大櫛氏。その根拠として、2008年にNEJMに発表されたENHANCE試験では、FH患者を対象に強力な脂質低下療法を行ったところ、LDLコレステロールは低下したが、主要評価項目とした頸動脈内膜中膜肥厚には有意差を認めなかった(N Engl J Med. 2008;358(14):1431-43)。「FHの中に血液凝固能の亢進を示す集団があり、その集団では冠動脈疾患の発症率が高いと考えられる。しかし、それ以外のFH患者ではむしろ長生きの可能性もある。つまり、FH患者でもLDLコレステロール高値はリスクではなく、疾患の特徴の一つ」と大櫛氏は解説する。

高脂血症ありで退院時死亡のオッズ比低下

 LDLコレステロールは、血管壁にプラークを形成し、動脈硬化を促進するとされている。これに対し、大櫛氏は「血管の炎症が起これば修復する必要があり、その補修材料がアミノ酸とコレステロール。LDLコレステロールは炎症部位にコレステロールを運ぶために集積している。特に脳細胞、神経細胞では電気信号を伝える際の絶縁体の役目も果たし、非常に大事な物質」と、LDLコレステロールのプラス面を強調する。

 大櫛氏らは、1998-2007年までに脳卒中データバンク(JSSRS)に登録された症例の中から、高脂血症、高血圧、糖尿病の薬物治療をしていない脳卒中による入院患者1万6850人を対象に、高脂血症(判断は主治医に依存)の有無と退院時死亡の関係を検討(脳卒中. 2010;32(3):242-253)。その結果、心原性脳梗塞を除いたすべての脳卒中(ラクナ脳梗塞、アテローム血栓性脳梗塞、脳出血、くも膜下出血)患者で、高脂血症「あり」の方が「なし」に比べ、有意に退院時死亡のオッズ比が低下していた(性・年齢で調整)。また、高脂血症を有する方が脳卒中の臨床症状が軽度であることも示された。

 これらの結果を受けて、日本脂質栄養学会では、今年9月に開催される大会において、脂質低下療法への注意を喚起した独自の「ガイドライン」を発表する予定だ。

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反対 高値は危険因子である


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「低値と低下の区別が必要」と注意を促す帝京大学・寺本民生氏

 「コレステロールのリスクを考えるとき、低値と低下を区別することが必要。低値の人に注意するのは当たり前のこと」。帝京大学医学部内科学主任教授の寺本民生氏はこう強調する。各種のコホート研究から、研究開始時にコレステロールがもともと低い集団では、癌や肝疾患など、結果的にコレステロール低値を招く疾患の有病率が高いことが知られている。つまり、コレステロール低値の場合、そのような疾患が既に存在している可能性を考慮することが必要であり、これはコレステロール高値を低下させることとは全く別の話という指摘だ。

 コレステロール高値で冠動脈疾患の発症率が高いことは、MRFITやNIPPON DATA80といった国内外のコホート研究で示されている。その一方、総死亡への影響に関して寺本氏は「冠動脈疾患は死因の一つとなり得るにすぎず、コレステロール高値が総死亡全体へ与える影響は限定的」と説明しつつ、「コホート研究はバイアス(例えば潜在的な疾患の有無など)の排除が難しい」とコホート研究に基づいた知見の限界も指摘。最終的にコレステロール高値を下げた場合の影響を判断するには、無作為化試験(RCT)が必要という認識だ。

 LDLコレステロールは、その低下薬であるスタチンの臨床試験を通して、危険因子として位置づけられてきた。2005年にLancetに発表されたスタチンを用いたRCTのメタ解析では、LDLコレステロール低下に伴い総死亡、冠動脈疾患等の減少を認め、癌への影響は存在しないことが示された(Lancet. 2005;366(9493):1267-78)。2009年にはBMJにスタチンの一次予防効果を検証したメタ解析の結果が発表され、同様に総死亡、冠動脈疾患等が減少し、癌には影響がないと報告されている(BMJ. 2009;338:b2376)。「バイアスが入り込む余地が少ないRCTのメタ解析によって、LDLコレステロール低下の有用性が証明されている」と寺本氏。

脳卒中は病型別に検討する必要も

 ただし、脳卒中に関しては、寺本氏も議論の余地があることを認める。「動脈硬化性疾患予防ガイドライン」の2007年版では、LDLコレステロール高値を脳梗塞の危険因子としながらも、エビデンスレベルは一段階低いBとしている。これはまず、コレステロール高値で脳卒中発症の上昇を明確に示した疫学研究が存在しないことに起因する。また、スタチンでLDLコレステロールを低下させると脳卒中発症率が低下することは、CARDS試験や日本のMEGA試験などで示されているが、その低下率は冠動脈疾患と比べると少ない。スタチンの脳卒中二次予防効果を検証したSPARCL試験では脳梗塞の再発は減少するものの、脳出血の再発はやや増加する傾向を示し、脳卒中の病型別に検討する必要性も示唆された。これを踏まえ寺本氏は「エビデンスレベルAとするには、まだ課題が残っている」と説明した。

 2007年版のガイドラインではLDLコレステロール140mg/dLを脂質異常症の診断基準としているが、同時に薬物治療開始の基準ではないと強調している。薬物治療開始の基準について寺本氏は、「私自身はコレステロールが高いだけであれば、薬物治療は躊躇する。個々の患者さんでその他のリスクも含めて評価することが大事。次のガイドライン改訂では、冠動脈疾患発症リスクを細かく示せるチャートに基づいて、リスク層別化を行いたい」と語った。


2010.08.26 記事提供:m3.com