遺伝子解析にも眼を向けた抗血小板療法の再検討

小川 久雄 先生
熊本大学循環器病態学教授

遺伝子解析にも眼を向けた抗血小板療法の再検討

 循環器疾患の治療における一次予防および二次予防において、抗凝固・抗血小板療法が重要であることは世界的にもコンセンサスが得られています。抗凝固薬および抗血小板薬はヘパリン、ワルファリン、アスピリンが長年主役を務めてきましたが、より理想的な抗血栓療法が求められ、近年はGPIIb/IIIa 拮抗薬や抗Xa阻害薬、選択的抗トロンビン薬など新たな薬剤も開発されてきました。しかしながら、臓器出血に代表される副作用や血中濃度半減期の長さなどへの対応をはじめ、薬剤それぞれのメリットとデメリットの判定は医師の裁量に委ねられる部分も多く、そこにエビデンスに裏付けられた指標が明示されていないことに懸念を抱く実地医家の先生方も多かったことと思います。

 会長特別企画として設けられた本セッションでは、今や循環器領域においては必須の治療法の1つとなった抗血小板療法にフォーカスを当て、現状の問題点の検証とその解決に向けた方策、また精度向上に寄与すると考えられる新しい知見などを網羅的にご紹介したいと考えています。

 「抗血小板療法の現況と展望」と銘打ったこのセッションは、2部形式となっています。第1部は、現在汎用されている抗凝固・抗血小板療法を取り上げ、その有効性の根拠となるエビデンスと問題点について議論したいと考えています。例えば、近年急速に普及した薬剤溶出ステント(DES)の留置後の抗血栓療法を取り上げています。
  DESの導入で再狭窄は著しく減少しましたが、依然としてステント血栓症(stent thrombosis)の発症リスクは排除できていないため、アスピリンとチアノピリジン系薬の併用が必須となっています。しかし、日本人における適正な併用期間に関するエビデンスは十分ではないため、今回はその検討をいたしたいと考えています。

 抗血栓療法の副作用として取り沙汰される臓器出血の中でも、消化管出血の予後はきわめて悪いことが報告されています。その対処法としては、すでにエビデンスが蓄積されているPPI(プロトンポンプ阻害薬)が予防および治療において活用されています。ところが、抗血小板薬として汎用されているクロピドグレルの効果をPPIが減弱させることが米国で報告され、大きな問題となっています。そこで、その現状報告と解決策についても、本セッションで検証したいと思います。特に注目されるのは、CYP2C19と呼ばれる遺伝子の異常を有する患者において、クロピドグレルの効果がより減弱されやすいという知見です。かねてから、日本人は出血しやすい半面、抗血小板薬も効きやすいといわれていました。しかし、CYP2C19遺伝子の異常も日本人に多いことが示唆されています。日本人における抗血小板療法のあり方に、新たな視点をもたらす興味深い発表にご期待いただきたいと思います。

 第2部は、「アスピリン療法における消化器内科医との協調」と題し、今や循環器領域にとって消化器領域とのコラボレーションが必要不可欠となってきたことを、改めて確認したいと考えています。近年の循環器領域では心腎連関をキーワードに、心血管疾患と腎疾患との密接な関連に眼を向けてきました。今回のセッションではCardio Gastric linkage(CGL)を新たな切り口に、循環器と消化器の連関を新たなアプローチのターゲットとすべく提唱したいと思います。

 私は、1994年から心筋梗塞の二次予防におけるアスピリンの有効性に関する研究を開始しました。そして2008年には、第81回米国心臓協会学術集会(AHA 2008)のLate-Breaking Clinical Trialsセッションにおいて、糖尿病患者における低用量アスピリンの動脈硬化性疾患一次予防効果について発表し、大きな反響を得ました。抗血小板療法の研究はまさに私のライフワークの1つであり、同じ道を歩む多くの先生方との交流は私の貴重な財産でもあります。
  どうか、このセッションにご参加いただき、皆様のご意見を仰ぎたいと存じます。国内外の抗血小板療法のエキスパートが演者に連なるこの集いを、先生方の日常臨床の参考にしていただければ幸いです。

2010.2.24