笑いの健康法

糖尿病に効果
実験で血中悪化因子減る

 景気後退の影響か、つい気持ちも表情も暗くなりがちな年の瀬。こんな時こそ笑顔が欲しいもの。無理に笑うことが、ただの空元気とばかりは限らない。なぜなら2007年の研究で、笑いが遺伝子レベルで健康増進に有効であることがわかったからだ。リラックスするためにも、対人関係改善のためにも笑いを見直すことが大切だ。

  「笑うことには、お金もかからず副作用の心配もない。体の特効薬だ」と話すのは、この10年、笑いが人間の遺伝子の与える影響について研究してきた筑波大学の村上和雄名誉教授だ。
 医学的な研究から笑いには@免疫力を高めるA脳内物質に働き気分が良くなるB糖尿病、アトピー性皮膚炎、リウマチなど、特定の病気を改善させる――などの働きがあることがわかってきたという。

がん細胞を抑制
 最初に注目すべきなのは免疫力を高める作用だ。「人間は病気を自分で治す自然治癒力を持っている。笑いはその自然治癒力を活性化する。活性化の対象のひとつが免疫力だ」と村上名誉教授は説明する。笑うことで免疫力の指標に使われるNK(ナチュラルキラー)細胞が活性化する。このNK細胞は白血球の一種で、がん細胞などの腫瘍(しゅよう)細胞を破壊し、がんの発生を抑える働きを持つ。
 興味深いのは、心の底から笑わなくても「笑う」動作だけで、NK細胞の活性度が高まるという実験結果が出ている点だ。これは脳内物質に働きかけて気分が良くなる効用にも当てはまる。作り笑いでも、βエンドルフィンという神経伝達物質が脳内に分泌され、気分が高揚する。
一方、糖尿病やアトピー性皮膚炎、リウマチなどの病気改善効果については、自発的に笑った時に、遺伝子レベルの変化が起こり、体が変化することがわかっている。
村上名誉教授らと「笑いと遺伝子」の関係の研究を続けているのが、国際科学振興財団の林隆志主任研究員。この研究で2007年に博士号を取得した初の“お笑い博士”でもある。

吉本興業と協力
 「古くはダーウィンも笑いには注目しており、昔から『笑いは健康にいい』ということにみなが気付いていたが、科学的解明はなかなか進まなかった」と林主任研究員。そこで、吉本興業の協力を得て50代から60代の糖尿病患者23人に、昼食後40分間「ザ・ぼんち」の漫才を聞かせる実験をした。糖尿病患者は、糖尿病の合併症(腎症)と関連するプロレニンとう腎臓に悪いたんぱく質の血中濃度が高い人が多いが、漫才を聞いた直後には軽度・重度の糖尿病患者いずれも血中プロレニン濃度が下がったことがわかった。
 軽度の患者は漫才後90分経ってもプロレニンの濃度が下がり続け、笑うことで腎症への進行を抑える効果が明らかになった。「糖尿病患者はうつ気味でイライラしがちだが、実験で笑っているうちに表情が穏やかになっていった」と、林主任研究員は振り返る。

 体内で何が起こったのか?林主任研究員は人間の遺伝子約1万9千個の中から、笑うと働きを強める遺伝子を8個、逆に弱める遺伝子を15個発見した。その上で、糖尿病の合併症の原因となるプロレニンなどのたんぱく質を抑える遺伝子も笑うと活性化することを確認した。
 一方「笑いは、心理的にもいい作用をもたらす」と説明するのは、心理カウンセラーの下園壮太氏だ。心理的には笑うことで、副交感神経と交感神経のバランスが整うので、精神的に安定が増し、リラックスできる。同時に、その場の居心地が良くなり、相互の人間関係がスムーズになること、失敗を笑いに転化することで吹き飛ばせるなどの効用があるという。

職場の関係改善
 「笑いがある職場とない職場では、人々の警戒心がまったく違う。職場で笑えばその瞬間ホッと空気がゆるむし、その空気は自分のところにかえってくるので、笑った自分もさらにリラックスすることができる」(下園氏)
 さらに「自分の失敗を率先して笑えば、自分を客観的に見直せることにつながるし、気持ちもスッキリする」という。

人を笑わせることは、他者に自分を理解してもらう行為。スムーズな人間関係につながるだろう。   
(日経ヘルス編集部)

ヨガと一体化し教室も
 笑いが体に良いといっても「何も面白いことがないのに、笑えるわけがない」という人もいるだろう。そんな時こそ、作り笑いをしてみよう。
 作り笑いでも効力を発揮するとの研究に基づき、インドで考案されたのが「ラフターヨガ」だ。国内でも教室が開かれている。同ヨガは、ユーモアや冗談と無関係にひたすら笑い続けるエクササイズだ。手拍子、掛け声、呼吸法、ラフターエクササイズの4要素で構成されている。
 例えば相手と握手をして大笑いをする、踊りながら大笑いする、といったように、何かの動作をするときに笑いを付け加える。「無理に大声で笑わなくても、自分にとって心地よい笑いを出し、リラックスをすることが大切」と、東京ラフタークラブ代表の田所メアリーさんは説明した。
 特に大切なのは相手の目を見て笑うことだという。作り笑いでも、笑っているうちに気分が乗ってきて本気で笑みがこぼれてくる。まずは意識して笑顔を作るようにすることが、2009年の福を呼び込むのかもしれない。

吉本興業と協力した糖尿病と笑いの調査
実験日        参加芸能人               被験者
2002年 9月   DonDokoDon            健康な10人
2003年 1月   B&B                  糖尿病患者19人
2003年11月   鈴々舎馬風              糖尿病患者12人
2004年11月「なんばグランド花月」で多くの芸能人  健康な22人
2004年12月   ザ・ぼんち               健康な16人と糖尿病患者23人
2007年12月   ゆーとぴあ               健康な17人と糖尿病患者17人


2008.12.27 記事提供  日経新聞