エコノミークラス症候群

飛行機などに長時間座り続けた乗客が血行障害による呼吸困難に陥る「エコノミークラス症候群」。実は飛行機に限らず、長距離バスや鉄道、あるいは日常のデスクワークでも同じ姿勢を続けると発症する恐れがある。発症に気づかないまま突然死に至るという怖い一面を持つだけに、予防法を知っておいたほうがいい。


心がけ次第で予防できる

最近の航空各社は、室内でできる簡単な体操を搭乗客にビデオで見せたり、エコノミークラス症候群について記した冊子を配って注意を呼び掛けている。

同症候群は「肺動脈血栓塞栓(そくせん)症」という。発症のメカニズムは次の通りだ。長時間同じ姿勢をとり続けると、足の静脈に血管をふさぐ血のかたまり(血栓)ができる。席を立つなど体を動かすのをきっかけに血栓が血管を流れ始め、心臓を経由して肺の動脈に達すると、血管をふさいで呼吸困難に陥る。

座ったままできる足の運動例

もともと、この病期は手術後の安静を求められる入院患者などの間に症例が知られていた。飛行機の乗客でも77年ごろから発症が報告されていたが、機内で死亡することはまれなうえ、因果関係の証明が難しく、さほど重要視されなかったようだ。長時間ノンストップ便が増加し、中高年者の海外旅行が増えて注目度が高まったといえる。

埼玉医科大学・心臓病センターの松村誠・超音波検査研究室長は、20−40代の男性を対象にした実験で、「航空機内は肺動脈塞栓症を起こしやすい状況」との結論に至った。航空自衛隊の低圧実験室で機内環境を再現、血圧、血中酸素飽和度などのデータをとったところ、気圧の低い機内では血液の流れが遅くなるうえ、血小板の働きが鈍ることがわかった。いずれも血栓の誘因となる。

「機内という特殊環境だけでなく、高脂血症、糖尿病などの危険因子がある人には、日常の暮らしでも起こりうる」というのは、東京慈恵会医科大学の一杉正仁医師だ。一杉医師は、同じ姿勢で2時間いすに座った後の血液の粘度の変化を20代前半の男性10人で測った。腕には変化がなかったのに、足の血液の粘度は平均18%高まった。

エコノミークラス症候群の危険因子

機内での環境や行動

●気圧、湿度が低い
●長時間の同一姿勢
●水分の摂取不足
●アルコール飲料の飲み過ぎ
●喫煙

注意すべき人、持病

●高脂血症
●糖尿病
●多血症
●外傷
●妊婦
●経口避妊薬の服用


「足は心臓より低く、遠い位置にあるため、筋肉の収縮による助けで血液を円滑に流している。長時間足を動かさないまま過ごすと、血液の流れが遅くなったり、血管がもろくなったりして血栓ができやすくなる」とみる。

このためバスや鉄道の長時間乗車、長時間のデスクワーク、徹夜マージャンなどでも発症の恐れがある。

予防のポイントは、十分な水分摂取と足の運動を心掛けることに尽きる。低気圧で湿度も低い機内は、血栓の原因になる脱水症状に陥りやすい。飛行機に乗る前から水分を補給しておく。ちなみに足のむくみは脱水症状のサインである。アルコール飲料は代謝の際に水を使うので、飲み過ぎは逆効果になる。

運動はトイレのついでの屈伸なども良いが、イラストのような体操なら座ったままでもできる。日本航空では長距離路線で流す体操のビデオについて、これまでの上半身中心のストレッチから、足の体操も加える方向で近く見直す予定だ。

エコノミークラス症候群は、搭乗による影響がどこまであるかなど、まだ分からないことが多い。全国で実態調査に乗り出した航空医学研究センターの津久井一平所長は「定義やデータの取り方が定まっていない現状を見直す必要がある」と指摘する。死亡例もある怖い症状ではあるが、「予防策を講じれば、恐れることはない」というのが医療関係者の大方の見解。過剰反応して、むやみに機内を歩き回ることは危険なので避けたい。

(2001.2.17 日本経済新聞)