ピロリ菌にヨーグルト

ピロリ除菌にヨーグルト
事前摂取で耐性菌の除菌率が向上

 ピロリ菌の除菌治療前にヨーグルトを摂取させたところ、クラリスロマイシン耐性菌の除菌率は54%に上った─。耐性菌の増加が問題となる中、食品を併用して除菌率を上げる方法に注目が集まる。



「LG21乳酸菌はピロリ菌の除菌率を向上させる」と話す、東海大の高木敦司氏。

 「今年6月、シカゴで開かれた米国消化器病週間(DDW2009)で発表したところ、2時間のポスターセッションの間、ずっと質問が絶えなかった。以前に比べ、注目度が高まっていることを感じた」。

 こう話すのは、東海大総合内科教授の高木敦司氏だ。同氏が発表したのは、ヘリコバクター・ピロリ(以下、ピロリ菌)の除菌治療におけるLactobacillus gasseri OLL2716(LG21乳酸菌、開発:明治乳業)の効果を見た研究結果で、DDW2009の優秀演題にも選ばれた。

 高木氏の発表に関心が集まった背景には、1次除菌法に用いるクラリスロマイシンCAM)に対する、ピロリ菌の耐性化が世界的に急速に進んできたことがある。

3割近くが耐性菌
  日本ヘリコバクター学会耐性菌サーベイランス委員会の調査によると、全国34施設から収集されたピロリ菌株のうちCAM耐性菌株(最小発育阻止濃度[MIC]≧1μg/mL)の割合は、全国平均で02年は18.9%だったのに対し、06年は27.2%まで増加した(図1)。

 耐性菌が出現する機序はまだ不明だ。しかし、ピロリ菌感染のほとんどは5歳以下の乳幼児期に起こることから、上気道炎の治療など、除菌以外の目的でピロリ菌感染者がCAMを服用した際、CAM単独では除菌できないピロリ菌が胃内で耐性を獲得するのではないかと考えられている。

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当初9割程度だった1次除菌率は、耐性菌の増加に伴い年々低下しており、「最近では、約7割にとどまるとの報告もある」と杏林大第三内科教授の高橋信一氏は話す。

 高木氏は117人のピロリ菌感染者を2群に無作為に割り付け、一方の群(n=58)には、プロトンポンプ阻害剤(PPI)、アモキシシリン(AMPC)、CAMの3剤による1次除菌法を1週間行った(3剤療法群)。もう一方の群(n=59)では、除菌治療の3週間前からLG21乳酸菌を使用したヨーグルト120gを1日2個摂取させた後、1週間の1次除菌法とヨーグルトの併用摂取を行った(ヨーグルト併用群)。

乳酸菌がピロリ菌を抑制
  治療終了後に各群の除菌率を調べたところ、全体ではヨーグルト併用群で84.7%と3剤療法群に比べやや高い傾向にあったものの、有意差は見られなかった(図2)。

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 一方、CAM耐性菌のみを抽出して解析したところ、除菌率は3剤療法群(n=13)では15.4%と低かったのに対し、ヨーグルト併用群(n=11)では54.5%と有意に高かった(p=0.043)。

 LG21乳酸菌を使用したヨーグルトの併用摂取で、なぜ除菌率が向上したのか。高木氏は「事前に摂取したLG21乳酸菌の作用でピロリ菌量が低下し、抗菌薬が効きやすくなったため、CAM耐性菌でも高い除菌率が得られたのではないか」と推測する。動物実験の結果などからも、「LG21乳酸菌には、ピロリ菌が胃粘膜に定着するのを抑制したり、定着したピロリ菌をはがす役割があるのではないか」(明治乳業の有江泰彦氏)と考えられている。

 そもそも高木氏が乳酸菌の抗ピロリ菌効果に注目したきっかけは、東海大感染症学教授の古賀泰裕氏が1990 年代半ばに、通常動物実験に用いるマウスはピロリ菌に感染しないことを発見したことだった。マウスの胃内には多数の乳酸菌が生息しており、それがピロリ菌の感染を抑制することを突き止めた。その後、抗ピロリ菌作用がある乳酸菌の中から、ヒト胃内の強い酸性に耐え、ヨーグルトに適している菌株として、LG21乳酸菌が選抜された。

 高木氏の研究では、通常約15%の頻度で生じる下痢や軟便といった副作用も、ヨーグルトの併用摂取群で数%まで減少したことも分かった。「乳酸菌は腸内細菌叢を一定にし、抗菌薬の服用による浸透圧性の下痢を防ぐ効果がある」(高木氏)ためだ。

ほかの食品にも抗ピロリ作用
  CAM 耐性菌の増加で、除菌治療が奏効しない患者は今後も増えることが懸念される。今回の研究結果から、1次除菌にヨーグルトを併用すれば除菌率が向上することが分かった。高木氏は「現行のレジメンで除菌できない患者のほか、薬剤アレルギーでAMPCが使えない患者などに対して、ヨーグルトを併用するのも1つの方法」としている。

 近年、乳酸菌のほか、緑茶カテキンラクトフェリンなど食品中に含まれる成分にも抗ピロリ菌作用があることが報告されている。また、東京理科大臨床薬理学教授の谷中昭典氏がピロリ菌感染者に対するブロッコリースプラウト(ブロッコリーの新芽)摂取の効果を無作為化二重盲検法で調べた結果、ブロッコリースプラウトに含まれるスルフォラファンには、菌量を減らすだけでなく胃粘膜防御能を強化する効果もあった。「副作用がなく耐性菌にも有効であるため、特に除菌不能例の胃癌予防に有用だ」と谷中氏は話す。

 ただし、このような食品による治療効果は、医薬品と異なり科学的根拠が十分でないのが現状だ。信頼性の高い試験に基づく、さらに多くのエビデンスの蓄積が求められる。偏った情報に惑わされがちな一般市民に対し、まずは適切な治療法を指導することが重要だろう。「ヨーグルトの有用性は示されているが、ヨーグルトのみで完全に除菌できるわけではないことも強調すべき」と高橋氏は話している。内海 真希


2009.11.3記事提供 日経メディカル