米国での新インフルと糖尿病、マクドナルドでワクチン接種

マクドナルドでワクチン接種―米国における新型インフルエンザと糖尿病―

新型インフルエンザの感染は秋に向け、ますます拡大するものと予想されています。現在、私は米国にて糖尿病に対する膵島移植をはじめとする細胞治療に取り組んでおります。移植医療は免役抑制剤を使うため、また糖尿病は易感染性があるために、新型インフルエンザのリスクファクターと考えられており、私にとっても新型インフルエンザは深刻な問題です。今回は、米国における新型インフルエンザの状況、わたしが所属するベイラー研究所での対応などをご紹介したいと思います。

◆ 米国における新型インフルエンザの現況

 オバマ米大統領の科学技術諮問委員会は2009年8月24日報告書を発表し、新型インフルエンザ(H1N1型)が米国で健康に深刻な脅威をもたらす、との見方を示しました。ホワイトハウスは、新型であることから免疫があるヒトが少なく、かつ他のインフルエンザの型より致死率が高いというわけではないことから、通常以上に多くの人が感染する可能性が高いと予測しています。

 実際に、米国疾病対策センター(CDC)からの報告によると、米国では2009年8月22日の時点で、新型インフルエンザによる入院者数は8843名とされ、日本では死亡者数は10名以下ですが、米国では死者数もすでに556名となっており、死亡者数は全世界の死亡者のおよそ4分の1を占めています。全米における、小児の死亡者も110名となっており、問題は深刻です。8月の終盤には、米国の多くの州では新型インフルエンザの活動が安定あるいはやや低下していますが、南東部の州では依然として活動が盛んです。

 このように、米国でも新型インフルエンザは深刻な国家的問題として捉えられており、精力的に対策が進められています。

◆ 米国における新型インフルエンザワクチン対策

 米国でも、ワクチンが新型インフルエンザに対して最も強力な対抗策と考えられています。このため、米国政府は、新型インフルエンザに対するワクチンに対して製造元を精力的に支援してます。公的あるいは私的研究機関とCDCはともに、新型インフルエンザの分離および改変を行なうことで、数億のワクチンを作成する準備をしています。わたしが所属するベイラー研究所も新型インフルエンザに対するワクチン研究にコミットしています。新しいワクチンの候補は数ヶ月をかけて臨床治験をする予定になっています。

 新型インフルエンザに対するワクチン作成は、2009年の秋を目指して進められていますが、通常のインフルエンザワクチンがおそらく先に準備できると考えられており、通常のインフルエンザワクチンを先に接種することが勧められています。

◆ 誰が新型インフルエンザのワクチン接種を受けるべきなのか

 CDCにおける、アドバイザーコミッティーは、新型インフルエンザに対するワクチンを誰が最初に受けるべきかという重大な質問に対する答えを用意しました。アドバイザーの推薦する者は

1)妊婦

2)6ヶ月以下の子どもがいるもの

3)ヘルスケアおよび救急医療関係者

4)6ヶ月から24歳のもの

5)25歳から64歳で慢性疾患や免疫不全があるもの

としています。米国では、大量に新型インフルエンザのワクチンを準備しているために、ワクチンの不足がおこるとは考えていません。ただし、ワクチン供給初期には、限られた数が出荷されるために、優先順位をつけているのです。また65歳以上のヒトは若いヒトに比べて感染の可能性が低いために、ワクチンの優先度は低くなっています。

 1976年に米国ではブタインフルエンザが流行し、その際に、ブタインフルエンザのワクチンが実施されています。残念ながら、今回の新型インフルエンザは、1976年のブタインフルエンザとは異なっており、1976年のワクチンは有効性が低いと考えられており、新しくワクチンを接種する必要があるとされています。

◆ どこでワクチンが受けられるのか?

 米国では、州ごとにワクチンの計画がされており、すべての州でワクチンを供給する計画を立てています。ワクチンは、病院や学校以外にも薬局や職場など私的な場所でも受けられる準備をしています。米国(テキサス州)でユニークなシステムとして、マクドナルドとの提携があります。ワクチン接種用の車が特別に用意されて、マクドナルドの駐車場でワクチン接種が行なわれます。子どもが、マクドナルドでワクチン接種を受けると、ワクチン接種後のご褒美としてアイスクリームがもらえます。

◆ ベイラーにおける新型インフルエンザの研究

 わたしが所属するベイラー研究所には、ベイラー免疫学研究施設があります。わたしが実施している膵島移植は、1型糖尿病という自己免疫疾患であり、さらに移植後に免疫抑制療法を用いることから、膵島移植の研究の多くもベイラー免疫学研究施設で実施しています。

 当然、免疫学の研究所ですので、今回の新型インフルエンザに対する研究もされています。2009年5月11日にベイラー研究所は、ベイラー免疫学研究施設が新型インフルエンザに対する数億円レベルの研究費をNIHから獲得したと、発表しました。

 ベイラーにおける新型インフルエンザの研究のひとつは、新型インフルエンザに対しヒトの免疫担当細胞がどのように働くかを検討し、その結果を踏まえて新型インフルエンザに対して有効性が高いワクチンを作成することです。具体的には、ベイラーが得意とする樹状細胞に関する研究で、新しいワクチンが樹状細胞を効率よく働かせ、この樹状細胞が司令塔となって新型インフルエンザを駆逐する細胞を増殖させるというものです。

 ベイラーにおけるもうひとつの新型インフルエンザに対する研究は、個別治療センターにおける研究です。これは、患者さんの血液から45000の遺伝子発現の強弱を同定し、疾患特異的な遺伝子発現パターンを見つけることで病気をいち早く診断するというものです。現在、新型インフルエンザに対する遺伝子発現パターンを模索中で、この方法が確立されれば、より早く新型インフルエンザの診断が可能となります。

◆ ベイラー移植センターの対応

 ベイラーでは、膵島移植を含む臨床移植を精力的に実施していおり、免役抑制剤を使用している患者さんがたくさんいます。移植患者さんに対して今回の新型インフルエンザは脅威です。ベイラーオールセインツ移植センター長のレビィー先生によると、「新型インフルエンザに対するワクチンが10月に支給されることになっている。それまでは、通常の手洗いや嗽励行など一般的な予防策しかない。」とのことです。実際に患者さんに情報提供をしている移植コーディネーターも「新型インフルエンザに対して特別な情報提供は現在実施していない。」とのことで、新型インフルエンザに対して特別な警戒というより、通常のインフルエンザレベルの対策のみが実施されています。

◆ 糖尿病患者さんのリスク

 日本では、8月25日時点で、427人の入院患者のうち、16人(約4%)が糖尿病を含む代謝性疾患を有していたと報告されています。(厚生労働省報告*1)米国全体での同様な報告はなされていませんが、私が研究を行っているダラス市の報告(*2)によれば、8月15日までに新型インフルエンザが確認された入院患者のうち、糖尿病は約5%を占めています。これは喘息、妊婦、原発性免疫不全症に次いで4番目に多い基礎疾患として報告されています。

 糖尿病患者さんにとって、新型インフルエンザを含むインフルエンザ感染は2点特別な注意が必要です。最初の1点は、糖尿病があることで感染症を起こしやすいことです。つまり、糖尿病患者さんは、新型インフルエンザの重症化および二次感染の可能性が高まる恐れがあります。

 このため、米国では糖尿病患者さんに対して「糖尿病、ひとつの病気で多くのリスク」という標語を元に、ワクチンのキャンペーンを行なっています。糖尿病患者さんが推奨されているワクチンは、インフルエンザと肺炎球菌ワクチンです。

 もう一点はいわゆるシックデイ対策です。シックデイというのは、インスリン治療中の糖尿病患者さんが感染症にかかることで食事量が減るのですが、血糖値はむしろ上昇するためにインスリンを減らすと極端な高血糖になることを言います。インスリンの中断は避け、水分摂取とインスリン量を調節しながらの継続が重要です。シックデイルールとして以下の4つがあげられます。

1)できるだけ摂取しやすい形(おかゆ、麺類、果物など)でエネルギー、炭水化物を補給する。

2)水分は少なくとも一日1Lはとる。

3)血糖自己測定を行い、できれば尿ケトン体測定もおこなう。

4)食事ができないからといってインスリン量を極端に減らしたり中止したりしない。

(科学的根拠に基づく糖尿病診療ガイドライン改訂第2版より)
◆ 糖尿病患者さんへ―御自身を守ってください―

 ここで糖尿病患者さん向けのインフルエンザ対策を紹介します。

(1) 手洗いの徹底を!

 健常な方も糖尿病患者さんも、感染予防の基本は手洗いです。しっかり、石けんを使って手洗いをしましょう。或いは、アルコールの入った手洗い用消毒液も有効です。多くの人が集まる催し物ですでに目にしている方も多いと思います。折角、しっかり洗ったのですから、その手で、目や鼻、口を触らないでくださいね。目や鼻、口を触ってしまうと、手洗いの効果がなくなってしまいます。

(2) 『かぜ』かなと思ったら

 糖尿病患者さんに、感染が起こると上記のシックデイのため血糖値が高い値を示すようになります。従って、原則的に、現在、処方されている糖尿病薬やインスリン療法を継続してください。血糖値や体重の記録をしましょう。これは、医療機関での診察の時に役立ちます。次のような時には、すぐに医療機関を受診してください。

1)通常通りの食事がとれず、6時間以上全く食事できない場合

2)ひどい下痢

3)2kg以上の体重減少

4)38度以上の発熱

5)血糖値60mg/dl以下や300mg/dl以上がつづく場合

6)呼吸困難や意識低下を感じたとき
食欲不振がある場合、水分摂取に心がけてください。ただし、腎臓の機能が低下している場合、過度の水分摂取は、逆に体に負担になってしまう恐れがあります。かかりつけ医師とよく相談しておきましょう。

 咳エチケットは守りましょう。咳の症状が出た場合は、必ず、マスクを着用するか、マスクをお持ちでなければ、咳の時、ティッシュで口を覆い、そのティッシュはすぐに捨ててください。

 インフルエンザ薬は発熱などの症状が出現してから48時間以内に内服すると効果があると言われます。『かぜ』の症状がある場合は早めに医療機関に受診し、医師の診察を受けましょう。

(3) ワクチンの予防接種の勧め

 新型インフルエンザに対するワクチン接種に関して、この1〜2ヶ月のうちに国の方針が定まり、実際に接種が始まっていくことでしょう。先程、述べたように糖尿病患者さんは重症化する危険性があり、優先的に予防接種を受けることが議論され、またそのように実施されることを期待しています。通常の季節性インフルエンザと今回の新型インフルエンザに対するワクチンは異なります。通常の季節性インフルエンザに対する予防接種も忘れずに。

 ただし、どのような薬にも副作用があります。特に今回の新型インフルエンザに対するワクチンは事前に十分な副作用の情報を収集することが困難なため、接種後、体調の異変に気付いたときは医療機関に相談してください。
松本慎一(ベイラー研究所フォートワースキャンパスディレクター)

◆ おわりに―インフルエンザと糖尿病に関する報道―

 4月下旬にメキシコでの流行を発端とした今回の新型インフルエンザですが、当初、米国内でも大々的に報道されました。主要3大新聞(USA Today, WallStreet Journal, New York Times)を振り返ってみると、4月最終週及び5月第1週にかけて全記事数の約5%を占めていました。これは、インフルエンザの流行シーズンである1-3月に比較すると、実に36倍です。しかし、そのうち、糖尿病の記載がみられるのはわずか0.1-0.3%で、糖尿病患者さんに感染の危険を知らせるには十分とは言えません。

 日本の新聞報道についても調査してみましたが、同様な結果でした。糖尿病治療を研究する者として、いかに糖尿病患者さんに役立つ情報をお知らせするか、重要な課題であると認識しました。今後も、糖尿病患者さんにとって役立つ重要な情報があればお知らせしていきたいと思っております。

参照ホームページ

*1 厚生労働省: http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/index.html

*2 ダラス市健康局: http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/index.html

*3 CDCの糖尿病患者さん向けのホームページ: http://www.cdc.gov/diabetes/news/docs/swine_flu.htm



2009.9.11 提供 日経メディカル