正常LDL値にだまされるな

JUPITER試験には数多くの形容が投げ掛けられている--画期的でパラダイムシフトをもたらすというのはあくまでもその中の2つだが、CRP値が亢進している健康人の心血管系リスクが有意に減少することを示したこの試験は、一次予防の分野を大きく変える震源になるだろうと多くの専門家は考えている。

Michael O'Riordan
Medscape Medical News

(ルイジアナ州ニューオリンズ)当地の本日の米国心臓協会(AHA)2008年科学セッションの冒頭を華々しく飾った「一次予防でのスタチン類使用の妥当性検証:ロスバスタチン評価介入試験(JUPITER)」が、見かけ上は健康な患者をスタチン治療すると心血管疾患の有病と死亡のリスクがおよそ半分にまで減少するという新データを示して、一次予防の分野を奮起させた[1]。

LDLコレステロール値は低いがC反応性蛋白(CRP)が亢進している者を対象にした試験において、ロスバスタチン(商品例Crestor、AstraZeneca社製) 20 mgによって、主要エンドポイント(非致死性MI、非致死性脳卒中、不安定狭心症による入院、血行再建、心血管系が死因であることが確認された死亡の複合)がプラセボ処置群に比べて有意に44%減少したことを研究グループは示した。

最新臨床試験セッションでのDr Paul Ridker(ブリガム女性病院、マサチューセッツ州ボストン)による口演と、同時に『New England Journal of Medicine』オンライン版に発表された内容によれば、この便益はすべての下位群に及んでおり、「一次予防のデータが限られていた女性、黒人、ヒスパニック系の集団でもスタチン治療でしっかりとした減少が見られた」とJUPITER研究グループは記している。

Dr Steven Nissen(クリーヴランド・クリニック、オハイオ州)はheartwireに対して、JUPITERを「スタチン試験の長い歴史の中でもっとも重要な臨床試験のひとつ」だと言い、従来の定義では健康とされる患者において2年足らずでこのような大規模な減少が見られたことから、ガイドラインが変更される可能性が高いと語った。

「理想としては、私が診察した患者のLDLコレステロール値が正常だった場合、JUPITER試験ではLDLコレステロール値の中央値は108 mg/dLとされているが、私はその患者には、今していることはそのまま続け、仕事をしていいと告げる」とNissen博士は言う。「今度からは、同じ患者が来院してきて、その患者のCRP値が高いことが判ったらどうなるのか? ガイドラインで述べられている通りではなく、その患者を集中的スタチン治療で治療すれば心血管疾患の有病と死亡のリスクが半減することを私は知っている。」

Dr James Stein(ウィスコンシン大学医学部、マディソン)も他の者の感想をそっくり繰り返し、今回の知見は、一見低リスクの患者を治療することに対する考え方を変えようと苦闘している臨床医にとっては特に、課題がつきつけられることになると語った。

「予防心臓病学における真に画期的な事件だ。それはこの知見についてだけでなく、それよりも、コレステロール降下薬の使用に関する現行の戦略と我々のリスク評価パラダイムとに問題をつきつけた点が大きい。」

1.9年間の試験で中止

JUPITERは4年間の試験として設定されたが、独立データ監視委員会とJUPITER運営委員会の推奨に基づき、1.9年間経過したところでAstraZeneca社によって中止された。試験が中止された2008年3月29日に同社は、heartwireが当時報道したように、ロスバスタチンで治療した患者の心血管疾患の有病率と死亡率がプラセボ治療群よりも減少するという疑いないエビデンスを発表した。こうした便益があったにも関わらず、この試験がこうも早期に中止された理由を、Dr Sanjay Kaul(シーダーズ・シナイ医療センター、カリフォルニア州ロサンゼルス)は訝しがった。「特に、この試験で達成されたような非常に低いLDL値の長期安全性については、当時はなにも分かっていなかったのに、だ。」

JUPITERで挙げられた心血管系事象の減少

大規模多施設長期二重盲検プラセボ対照ランダム化臨床試験であるJUPITERは、17,802例の健康な男女をロスバスタチン 20 mgとプラセボのいずれかに割付けた。この試験は、LDLコレステロール値が正常で見かけ上は健康だが、C反応性蛋白値は亢進している(CRP > 2.0 mg/L)者にスタチン治療を実施すべきかどうかを評価するために設定された。

ロスバスタチン治療を受けた患者は、LDLコレステロール値の中央値が試験開始時の108 mg/dLから半減し、12カ月後には55 mg/dLになった。CRP値も有意に減少し、試験開始時の4.2 mg/Lが12カ月後には2.2 mg/Lになった。スタチン治療群のトリグリセリド値は試験開始時から17%減少した。こうした効果は試験期間を通じて持続した。

LDLコレステロールとCRPの試験開始時の値と試験期間中の変化

測定項目
試験開始時
12ヵ月
24ヵ月
36ヵ月
48ヵ月
LDLコレステロール値(mg/dL)
ロスバスタチン 20 mg/dL群
108
55
54
53
55
プラセボ群
108

110

108
106
109
高感度CRP(mg/L)
スバスタチン 20 mg/dL群
4.2
2.2
2.2
2.0
1.8
プラセボ群
4.3
3.5
3.5
3.5
3.3

すべての群間比較は p < 0.001

1.9年間追跡すると、ロスバスタチン治療によって主要複合エンドポイントがプラセボ群よりも44%減少した。この減少はエンドポイントのほぼすべての項目で見られ、非致死性MIは55%、非致死性脳卒中のリスクは48%減少し、客観的心臓事象(MI、脳卒中、心血管系死因による死亡の複合)のリスクは47%減少した。

絶対便益については、MI、脳卒中、血行再建術、不安定狭心症による入院、心血管系死因による死亡のいずれかに該当した患者の割合は、ロスバスタチン群が1.6%、プラセボ群が2.8%であり、リスク減少の絶対値は1.2%であった。同様に、客観的心臓事象(心血管系死亡、MI、脳卒中)に該当した患者の割合は、プラセボ群の1.8%がロスバスタチン群の0.9%に減少し、減少の絶対値は0.9%であった。

JUPITER:試験群ごとの転帰

エンドポイント
事象に該当した患者、ロスバスタチン群(n = 8901)、人数
事象に該当した患者、プラセボ群(n = 8901)、人数
ハザード比(95%CI)
主要エンドポイント*
142
251
0.56
(046-0.69)
非致死性MI Nonfatal MI
22
62

0.35
(0.22-0.58)

全MI
Any MI
31
68
0.46
(0.30-0.70)
非致死性脳卒中
30
58
0.52
(0.33-0.80)
全脳卒中
33
64
0.52
(0.34-0.79)
血行再建術
71
131
0.54
(0.41-0.72)
不安定狭心症による入院
16
27
0.59
(0.32-1.10)
血行再建術または不安定狭心症による入院
76
143
0.53
(0.40-0.70)
心血管系の原因によるMI、脳卒中、死亡
83
157
0.53
(0.40-0.69)
日付の判っている全ての死亡
190
235
0.81
(0.67-0.98)
全死亡
198
247
0.80
(0.67-0.97)

 

* 主要エンドポイント:非致死性MI、非致死性脳卒中、不安定狭心症による入院、血行再建術、心血管系の死因であることが確認されている死亡の複合。

こうした結果のいずれにも不均一性がないことが、年齢、人種、民族、試験開始時のLDLコレステロール値とCRP値などに基づく下位群分析で示された。タバコを吸わない、太り過ぎでない、メタボリックシンドロームに該当しない、フラミンガムリスク尺度が10%以下であるといった非常に低リスクの患者でも、スタチン治療の便益があると研究グループは報告している。

記述によれば、JUPITERで対象になった女性6,801例は、ロスバスタチンで主要複合エンドポイントが有意に46%減少した。「このデータは、一次予防という状況で我々にとってもっとも印象深い」とDr Roger Blumenthal(ジョンズホプキンス大学医学研究所、メリーランド州ボルチモア)がheartwireに語った。

副作用については、ロスバスタチン群のほうが新規の糖尿病を発現した患者が有意に多く、糖化ヘモグロビン値も有意に高かったと報告された。報告された重篤な有害事象はいずれも、プラセボ群とスタチン治療群とで差がなかった。

「正常」LDLコレステロール値にだまされて安心していた

Stein博士がheartwireに言うには、見かけ上健康な者でリスクが有意に減少したが、そうした結果は意外ではないらしい。脂質降下療法における現行のLDLコレステロール値閾値が恣意的であることを明らかにしただけでなく、もっと重要なのは、その閾値が心血管系リスクの指標として優れていないことを明らかにした点だとして、博士はJUPITER研究グループとスポンサーとを称賛した。

「心臓発作患者の多くはLDLコレステロール値が正常だ」とStein博士は言う。「つまり、医師と患者はLDLコレステロール値が『正常』だということにだまされて安心していて、心臓発作が起きてびっくりするのだ。JUPITER試験はこの点を完璧に説明した。中央値で見ると、年齢は66歳、肥満指数は28.3 kg/m2、収縮期血圧は134 mmHg、そして41%の者がメタボリックシンドロームであり、皆知っているように、こうした者たちはいずれ心臓発作と脳卒中を起こし死亡する。実際、プラセボ群の事象発生率は1年あたり1.36%であった。それなのに現行のガイドラインはこれらの者の治療について何も述べていない。」

Nissen博士の指摘によれば、LDLコレステロール値を下げても心血管系リスクの減少には関係ないという考察が多数行われていて、コレステロール説は近年かなり後退しつつある。JUPITER試験の患者は、LDLコレステロール値が有意に50%減少したのと同時に、CRP値も有意に37%減少した。そのことから、依然としてLDLコレステロール値は医師が治療すべき重要なエンドポイントであると考えられると博士は示唆している。

「LDLコレステロール値を下げながら同時に炎症も治療したことが、この治療法の有効性が高かったことの理由のひとつだ」とNissen博士は言う。Ridker博士とNissen博士がそれぞれ分析した他の2つの臨床試験であるPROVE-IT試験とREVERSAL試験が、LDLコレステロール値とは独立して、CRP値が低いと心血管系事象が少なくなることをすでに示している[2,3]。100 mg/dLのLDLコレステロール値は、患者が高齢・肥満・高血圧などのリスクマーカーをその他にも有している場合にはまだ高すぎると思うとStein博士は語った。

すべての患者にCRP検査を実施すべきか?

関連する解説記事において、Dr Mark Hlatky(スタンフォード大学医学部、カリフォルニア州)もガイドラインは改訂されるべきだという点については同意しているが、今回の知見が臨床の実践に与える影響がとても大きいと警告した。

JUPITER試験は、現状では薬物治療の対象と見なされないような健康人であってもスタチン治療で心血管系リスクが減少するという効果に関するエビデンスをさらに増やした。

「JUPITER試験は、現状では薬物治療の対象と見なされないような健康人であってもスタチン治療で心血管系リスクが減少するという効果に関するエビデンスをさらに増やした」とHlatky博士は記している。「一次予防のガイドラインは、JUPITER試験の結果に基づいて間違いなく再評価されることになるが、スタチン治療を広げる適切な範囲は、治療の便益と長期安全性および費用との兼ね合いで決まってくる。」

Kaul博士がheartwireに言うには、博士は今回の知見について他の者のようには楽観的にはなれず、スクリーニングを受けた患者5人に1人が登録されたことを指摘した。これはつまり、臨床現場への一般化において、従来のリスク因子を有せずにCRPが亢進している患者はきわめて少ないことを意味している。また、臨床医と医療政策専門家が注目すべきなのはリスクの絶対的減少であるとも博士は言う。

「リスクの絶対差は相対差ほど印象深くないし、費用と長期安全性の問題を考え合わせると、この試験の結論の熱も冷めてくる」とKaul博士は語った。

Hlatky博士は解説記事の中で、1.9年間で心血管系死因、MI、脳卒中による死亡を1例予防するのに必要な治療患者数は120例であると計算し、この便益はロスバスタチン群で糖化ヘモグロビン値が有意に亢進し、糖尿病発生率が上昇したという問題との間で釣り合いを取る必要があるとしている。その一方でJUPITER研究グループは主要エンドポイント事象に基づく必要治療数(NNT)を計算しており、2年間で主要エンドポイント事象1例をロスバスタチンで予防するNNTは95例、4年間で主要エンドポイント事象1例を予防するには31例でいいと報告している。

Hlatky博士は解説記事の中で、JUPITER試験は、CRP測定値がある被験者とない被験者との比較を行っておらず、CRPを用いた場合と別の心血管系リスクマーカーを用いた場合との比較も行っていないので、臨床現場におけるCRP検査の意義に限定した情報しか得られないような設定になっていると述べている。

「この点において、高感度CRPの測定に関する現行のガイドラインは合理性を保っている」とHlatky博士は記している。標準的な臨床的リスクマーカーに基づき、中等度のリスクを持つ無症候患者でCRPの測定値を得ることが可能であり、そうした者への治療内容が高感度CRP値に応じて変化する可能性がある。Blumenthal博士によれば、ほとんどの医師はCRPを、50歳以上の男性および60歳以上の女性がスタチンで便益を受けられるかどうかを判断する際の「最後の決め手」として用いている。

Stein博士はheartwireに対して、CRP値のスクリーニング範囲をもっと広げることはさらに研究する必要があると語った。この検査値は変動が大きく、感染や外傷によって亢進するので、異常なCRP高値は必ずしも動脈損傷や心血管疾患のリスクを意味するわけではない。

「とはいえ、この検査をもっと頻繁に利用するようにすべきだとは思う」と博士は言う。「まず第一に、これによって意思疎通がやりやすくなる。この検査値は、代謝面での数え切れない問題が、それぞれは治療しなければならないほど悪くはないが総合するとリスクが亢進していることを示すまとめのようなものだ。CRPの亢進はそのことを伝えている。1個の数値なので、医師と患者にとっては、なぜ血圧が閾値「ぎりぎり」で高く体重が「やや重すぎ」なのがいけないのかをがんばって説明するよりも、説明と実行が容易になると考えられる。そうした患者は血管が損傷し、炎症を起こしている。CRP高値はそれを示している。」

 

JUPITER試験は、AstraZeneca社が後援した。

1.. Ridker PM, Danielson E, Fonseca FA et al. Rosuvastatin to prevent vascular events in men and women with elevated C-reactive protein. New Engl J Med 2008; DOI: 10.1056/NEJMoa0807646. http://www.nejm.orgで入手可能。
2.. Ridker PM, Cannon CP, Morrow D et al. C-reactive protein levels and outcomes after statin therapy. New Engl J Med 2005; 352:20-8. Abstract
3.. Nissen SE, Tuzcu EM, Schoenhagen P et al. Statin therapy, LDL cholesterol, C-reactive protein, and coronary artery disease. N Engl J Med 2005l 352: 29-38. Abstract
4.. Hlatky M. Expanding the orbit of primary prevention--moving beyond JUPITER. New Engl J Med 2008; 359: published online before print November 9, 2008. DOI: 10.1056/NEJMe0806320. "http://www.nejm.org" http://www.nejm.orgで入手可能。

 

2008.11.9 記事提供 Medscape