好不調の繰り返し 治療難しく
職場復帰のサポートを

「うつは心の風邪」ともいわれるようになり受診への抵抗感は減ったとされるものの、治療でのつまずきは少なくない。特に好不調の波が入り混じり対応が難しいうつ病の回復期は、適切な治療の機会に恵まれにくい上、好調時に勝手に薬の服用をやめて悪化させてしまうことも。患者が急増する一方、休職後の職場復帰に向けた治療を行うデイケアなど回復期の専門的なサポート体制は十分でなく、整備が急務となっている。

「うつ病は良くなったり、また悪くなったりを繰り返して治っていく」。うつ病で休職中の30代の鈴木綾香さん(仮名)は昨年9月、患者からの相談に応じる精神科のホームページで「うつ病の揺り戻し」という状態を始めて知った。休職して半年。全く布団から起き上がれない状態からは脱したものの、その後も一進一退が続いていた。そんな中、「自分の状態を回復期の一般的な症状と医師が認めてくれたことは励みになった」という。

勝手に薬をやめる
うつ病の治療は1999年以降、副作用の少ない抗うつ薬が承認されるとともに、「心療内科」など患者が受診しやすい診療科が増えた。だが、ある精神科医は「十分な診察を行うだけの時間がなく、患者の状態をよく診ずに漫然と抗うつ薬を処方しているだけの医師もいる」と指摘する。薬を服用し続けても一進一退の状態が続く回復期に、十分な説明を受けず、患者や家族が「最近、調子がいい」と勝手に薬をやめ、悪化させてしまうこともある。

旅行会社勤務の鈴木さんは休職4カ月ほどで回復期に入り、職場復帰に向けた意欲が高まったが、都内の病院では診察は1、2分程度など適切な治療を受けられず入院。退院はしたものの、1年半過ぎた今も症状は低迷したままで2年間の休職制度の期限が来年3月に迫る中、職場復帰できるか不安を抱える。「回復期に適切な治療を受けていれば…」と悔いる。

段階的なリハビリ
「うつ病は治る病気だが、職場復帰する際は段階的なリハビリテーションが不可欠」というのは、「職場復帰援助プログラム」を導入しているNTT東日本関東病院(東京都品川区)の秋山剛・精神神経科部長。

「うつ病患者は朝起きられないなど生活リズムの乱れがある」(秋山部長)ため、プログラムは午前9時半に開始。まず月曜と木曜の週2回、パソコンを使った作業療法を、次に火曜の軽いスポーツ(卓球)を、最後に水曜のうつ病患者同士のグループ活動を、と少しずつ増やし、1カ月から1−2年かけ、朝から活動できるリズムづくりと“通勤”訓練を積む。

昨年1月、同病院の取り組みを参考にメディカルケア虎ノ門(東京都港区)が立ち上げた1日6時間週5日の復職支援専門のプログラムに参加した公務員(42)は「自宅療養から職場復帰までは深くて大きな谷間があったが、同じうつ病患者と一緒に規則正しい生活を過ごし、体調を整えることができた」という。

今年7月時点でプログラムを利用した患者100人のうち、元の職場に復帰し働いていた人は80人、転職した人が8人で9割弱は職場復帰していた。五十嵐良雄院長は「予想以上の効果。企業の人事担当者は社員をきちんと復職させるためにもこうしたプログラムを積極的に活用してほしい」という。沖縄県総合福祉センター(南風原町)は昨年8月に「うつ病デイケア」を開始。「落ち込み」や「不安」を減らし、マイナスに傾きがちな考え方を止める方法を訓練する「認知行動療法」に加え、具体的に活動するトレーニングを同時に行うのが特徴だ。仲本晴男所長は「理屈は分っても行動できない患者が多いため」と説明する。

7月までに3カ月間のコースを修了した28人の9割以上が症状が改善、最重症だったのがほとんど症状がない状態までに改善した患者もいた。仲本所長は「急性期のうつは薬と休息が必要だが、それだけでは効果が十分でない患者には、こうした治療が有効」という。

ただ、うつ病の回復期へのサポート実施施設は数カ所ほどしかなく、どこでも空き待ちが常態化している。メディカルケア虎ノ門の五十嵐院長は「多くの患者が治療を受けられるように実施施設はもっと必要」と訴えている。

回復期、自殺の危険性高く

「特に回復期には自殺を遂げてしまう危険性が高くなります」。うつ病について京都府精神保健福祉総合センター(京都市)がまとめたパンフレットは、回復期の自殺に警鐘を鳴らしている。森雅彦所長は「何もできない最悪期より、意欲が高まっている回復期はふとしたことがきっかけで自殺への行動につながりやすくなる」と説明する。

兵庫県加古川市の無認可保育園に勤務していた女性(当時21)は1991年4月、過労でうつ状態になり退職、1カ月後に自殺した。労働基準監督署は「退職して1カ月後で、過労の影響はない」と労災を認めなかったが、東京地裁は今年9月、「身体面での疲労感が軽減した後でも、精神面での不安及び抑うつ気分は容易に回復しがたく、かなりの期間長引くのが一般的」と認定、労災を認めた。
特定非営利法人(NPO法人)大阪自殺防止センター(大阪市)の顧問、川端利彦医師は「個人差はあるが、休職や退職で自責の念を抱える人は多い。一見、回復したように見えても、十分安定してから職場復帰や再就職の活動を始めた方がいい」とアドバイスをしている。(前村聡)

▼うつ状態とうつ病
身内の死や仕事上の失敗などを経験し、落ち込んだり、眠れなくなったりする状態が「うつ状態」で、こうした状態が2週間以上続き、日常生活に支障をきたすなど、一定の基準に従って診断するのが「うつ病」。

厚生労働省によると、うつ病を含む気分障害の患者数は1996年は43万人、99年は約44万人だったが、2002年には約71万人と急増した。うつとの関連が深い自殺者は98年に3万人を超え、自殺予防対策として、うつ対策の必要性が指摘されている。

職場復帰前チェックシートの例

最近、半月(15日間)の常態について
◎基本的な生活状況
・通常出勤する場合の起床時刻より、2時間以上遅く起きることは
1.頻繁(週3回以上)
2.ときどき(週に2回)
3.たまに(週1回)
4.ほとんどない(週に1回未満)

・「よく眠れなかった」と感じた日が平均して
1.頻繁(週3回以上)
2.ときどき(週に2回)
3.たまに(週1回)
4.ほとんどない(週に1回未満)

・本や新聞を読む、TVを見るなど、集中しようとした場合
1.ほとんど集中できない
2.少し集中できる(1時間以下)
3.かなり集中できる(1−2時間)
4.十分集中できる(2時間以上)など計23項目→平均してB以上ならば、職場復帰は可能と判断
(注)NTT東日本関東病院の秋山剛・精神神経科部長が作成したシートから抜粋

2006.10.22 日本経済新聞