骨粗しょう症の予防と治療


パネルディスカッション
骨粗しょう症の予防と治療

<出席者>
産業医科大学整形外科教授 中村利孝氏
成人病診療研究所所長   白木正孝氏
管理栄養士        竹内冨貴子
女優           池内淳子氏
<コーディネーター>
日経メディカル開発顧問  盛 宮喜氏

適度な運動とカルシウム摂取
更年期の過ごし方もポイント

生活習慣

 今日は骨粗しょう症の予防と治療に関して話し合いたいと思います。最初に白木先生お願いします。

白木 背骨が曲がってくるのが典型的な骨粗しょう症ですが、遺伝と運動、食事、病気、加齢変化といった危険因子がいろいろと積み重なって発症することが知られています。しかもこの過程は全く自覚することがありません。

骨粗しょう症の診断で最も重要なのは、骨量の測定です。つまり骨量 の状態を見ながら、予防と治療の方針を決定するのです。骨量の測定は、将来の骨折を予防する上で非常に重要です。骨量 を測定して、骨量を改善することで骨折の発生を抑制しようというのが、基本的な治療概念です。

無治療の場合、骨量は4年間で約5%ほど低下しますが、治療方法によって骨量 の変化には大きな違いがあります。そこで適切に治療をすれば、骨量を減らさず、ある程度骨折を予防できるのです。そのためにもまず、自分自身の骨量 を正確に測ることが大切です。

 竹内先生、骨粗しょう症と食事との関係についてお願いします。

竹内 そもそも骨粗しょう症は生活習慣病の1つとして考えられます。幼い頃からどういう生活習慣、食習慣をしていたかで、骨の作られ方が左右されるからです。中でも一番重要なのはカルシウムの摂取量 と適度な運動です。

日本人はもともと、カルシウムを摂るのがとても苦手な国民です。その理由を考えますと、第一に乳製品の摂取量 が、他の国と比べると少ない。第二に、カルシウムの多い海藻とか緑黄野菜、大豆製品の摂取量 が少なくなってきている。第三に、日本は火山国であるため水や野菜に含まれるカルシウムが少ないことなどが挙げられます。

骨粗しょう症を防ぐためには、一次予防、つまり発病させないことが非常に大切です。そのためには人生を、30歳くらいまでの骨が成長し太くなっていく「攻撃の時期」と、30歳以降の骨を「守る時期」の2つに分けて考えることが大切です。この2つの時期をどういうふうに過ごすかで、骨粗しょう症になるかならないかが決まってくるのです。

ところでカルシウムの摂取量についてですが、守りの時期にある方は1日800ミリグラムが目標です。カルシウムは非常に吸収率の悪い栄養素で、大体若い時期でも平均で30%ぐらいしか吸収されません。ですから、効率のいい摂り方が大切です。そのためには吸収率のいい牛乳や乳製品などのタンパク質と組み合わせたり、ビタミンDやビタミンKと組み合わせることが賢いやり方です。レモンなどの酸味をつけるのもいい方法です。またしっかりと摂った上で、積極的に体を動かすと、効率よく守りの時期を過ごすことができます。女性の場合には特に更年期に、骨のカルシウムの溶け出る量 が非常に多くなりますから、その時期を上手に過ごすことによって骨粗しょう症を予防することができます。 盛 池内さんはお母様が骨粗しょう症となり、大変貴重な体験をされたそうですね。

池内 昨年、89歳で母が亡くなりました。母は、80歳になりたてのころ、家の中で転んでしりもちをつきました。診察を受けたところ骨粗しょう症が原因の大腿(だいたい)骨骨折とのことで、即入院、手術となり、車いすの生活になりました。

少し落ち着いたころ、妹がお風呂に入れたとき、母の体を見ましたら、骨に皮膚がくっついてしまっている感じで、どうやって壊れないようにお風呂に入れたらいいのか。それこそはれものに触るような感じでお風呂に入れたそうです。  日本の母親は何人も子供を産んで、戦争を体験するなど、食糧不足がつきまとっています。それが大きな負担となっていて、高齢になってから骨粗しょう症になる人が多いのではないかと思います。

私は1人者ですが、いくつになっても、自分の手でモノをつかみ、自分の足で歩きたいと思っています。幸い、舞台で鍛えた体があるので大丈夫だと思っているのですが、自信過剰が一番いけないとよく言われていますので、これからは今日の話を参考にきちんと実行していきたいと思います。


遺伝や生理不順などがリスク
バランスの取れた食事も大切

危険因子

 ところで中村先生、骨粗しょう症となる危険因子というのはあるのでしょうか。

中村 最近話題になる骨粗しょう症におけるリスク、つまり危険因子についてお話します。1つには身体的な要因、あるいは遺伝的な要因で、もともと骨が少し弱い人があるようです。2つ目には喫煙やし好、運動不足などの生活習慣があります。これは、まだはっきりとしたことはわかっていません。しかし、例えばコーヒーばかり飲むような偏った食習慣は、何らかの影響を与えるだろうと私は考えています。3つ目には、女性の場合ですが、生理が不順であることは卵巣機能が十分でないことを意味しますから十分注意していただきたいと思います。遺伝的要因、生活習慣、そして生理不順の中で2つリスクがあると思う方は、すぐに骨の健康診断を受けることをお勧めします。

白木 池内さんのお母さんは80歳になってから大腿骨頚部(けいぶ)骨折を起こされたそうですが、80歳代での骨折は遺伝の影響よりも加齢の影響が非常に大きいのです。骨粗しょう症における遺伝の影響はおそらく40%ぐらいですから、お母さんとはかなり違ったライフスタイルを歩んでおられる池内さんは、おそらくほとんど心配いらないと思います。

池内 ありがとうございます。安心しました。

 竹内先生、池内さんの食事について、何かアドバイスはありますか。

竹内 一般的には池内さんのようなお仕事をしている方は、朝食がとても大切です。朝食は自分でコントロールできる食事ですから、牛乳やチーズ、ヨーグルトなどを摂ると最低限度の1日に600ミリグラムのカルシウム摂取が容易です。

 池内さん、普段の朝食メニューをご披露いただけませんか。

池内 五穀米、ワカメのみそ汁、大根おろしにジャコをかけたもの、納豆、それにのりなどです。この献立は30年来かわりません。

 竹内先生は池内さんの朝食をどう診断されますか。

竹内 ワカメもジャコもカルシウムが多く、また納豆もビタミンKが豊富で、和食のパターンとしては非常にいいと思います。ただ、和食に多く含まれる塩分はせっかく摂ったカルシウムを一緒に排せつさせてしまいますので、なるべく塩分の少ない食事を心がけられるとよいと思います。また、骨粗しょう症は小柄な人の方がなりやすいので、適度な筋肉がついていて骨が太いのが一番理想的です。池内さんはそんな感じの体つきだとお見受けします。

白木 米国の骨粗しょう症予防においては、食事プラス1000ミリグラムぐらいのカルシウム摂取が主流となっています。ところがこれを日本人の患者さんに勧めてみても、まずほとんどの人が食べられません。カルシウムは摂りすぎると便の中で石こうのようになるため、便秘してしまうのです。どうも、日本人はカルシウムに対して弱いようです。

竹内 ですから、カルシウムを十分に摂りつつ食物繊維を摂って便秘を予防するなど、バランスのとれた食事が大事なんです。


ある程度の骨量なら増やせる
骨折しにくくすることが大切

骨量の維持
 本日は会場のみなさまからあらかじめ質問を頂いておりますので、ご紹介します。まず、「年をとると背が縮むと言われていますが、それを止めることはできますか」。

中村 骨折を予防できれば、背が縮む要因の半分は防止できます。もう1つの要因は、骨と骨との間にある椎間板(ついかんばん)が狭くなることですが、この問題は残念ながら全く解決されていません。

 「骨量検査には危険が伴いませんか」。

白木 骨量の検査は、手の指で測る方法、手首の骨の量 を調べる方法、踵(かかと)の骨を超音波で測る方法、レントゲンを使って背骨で測定する方法などがありますが、いずれも簡単で安全です。

 次の質問は「骨量 は、特に病気をしない場合でも、急激に減ることはあるのでしょうか」。

白木 出産後に急激に骨量 が減ることがあります。それは、出産と同時に女性ホルモンの分泌が減るからです。体は細いのに乳房だけは大きい女性は非常に薄い母乳をたくさん出しますが、こんな人の母乳はカルシウムだけは濃いのです。こういうタイプのお母さんは、猛烈な勢いで骨が減ります。

 次は「一たん少なくなってしまった骨を、増やすことは可能なのですか」という質問がきています。

中村 骨を作ったり壊したりする能力自体は、年寄りになっても衰えることはありません。人間の造骨能力は年を取っても落ちないので、それを上手にコントロールすれば減った骨をある程度増やすことも可能です。3年ぐらいで7%から8%骨を増やすことも可能になってきています。

 先ほどはなしのあった攻撃期において一番大事なことはなんでしょうか。

竹内 吸収率のいいうちに、できるだけ良質のカルシウムを摂って運動することですね。20代は骨が太くなる最後のチャンスです。20代が更年期を元気に迎えられるかどうかのキーポイントといっても過言ではありません。

 今度は「加齢によって、目、頭、足と衰えてきました。骨はどの部分から弱くなってくるのですか」というご質問です。

中村 「弱くなる」というのが、骨量 が減るという意味であるならば、男性の場合、手の橈骨(とうこつ)の部分、大腿骨頚部、踵の骨です。女性の場合は腰椎と手首です。

 「骨粗しょう症は元通 りに回復することができるのでしょうか」という質問もきています。

白木 骨粗しょう症の治療は管理医療からいって、状態をある一定のレベルにとどめることが治療の基本です。高血圧や糖尿病、高脂血症も同様で、高血圧では薬で血圧を維持、コントロールしているように、骨粗しょう症の治療薬を投与することで骨量 を維持しているわけです。ですから元通りになることはありません。

中村 骨粗しょう症が治らないというのは、骨の構造が元の若々しい構造には戻らないという意味で、骨の量 はある程度増やすことは可能です。骨粗しょう症が治ったのではなく、骨粗しょう症による骨折が起きにくくなると考えてください。骨粗しょう症は、骨折が起きなければ、何の心配もいらない病気です。骨粗しょう症が治るか治らないかは問題ではなく、骨粗しょう症であっても骨折しにくくできるかどうかが問題なのです。そしてそれは可能なのだと考えて下さい。

 骨粗しょう症という病気になった際のポイントは、とにかく骨折しないということですね。そのために骨量 を定期的に測ることが大切ですね。今日は長時間、ありがとうございました。

(2000.9.23日本経済新聞)