手術が成功し、2002年2月に退院しました。ただ脳内出血の原因である異常血管に取り残しがあり、放射線治療を受ける必要があった。この治療が終わり、主治医から「治療完了」と太鼓判を押してもらうにはさらに2年かかりました。

現場復帰までの道のりも平たんではありませんでした。退院後、傷が癒えても気持ちがついていかない。主演映画「ハッシュ!」で大きな賞を受賞し周りの期待も感じていました。
でも、自信のなさから、台本を読もうとすると目がチカチカする。「よーい、スタート」と監督の声がかかっても、期待に応えられない気がして、セリフが出てこない。芝居ができず、とぼとぼ家に帰ることが何度もありました。

「命が助かったのだから、ありがたいと思わないと」と周囲は励ましてくれます。でも治療が終わるまでは頭に爆弾を抱えているようで、不安でたまらなかった。現場に戻る自信がなくて、アルバイトをしたり、陶芸教室などに通ったりしました。

転機が訪れたのは2003年12月。映画「帰郷」の出演を依頼されたのです。監督もプロデューサーも病気のことを知った上で「この役は君しかいない。心配なことは相談してくれたらいいから」と言ってくれた。この言葉が胸に響き、出演を決めました。時間の経過も手伝ってくれたのかもしれません。
「この映画が最後のチャンス」と臨んだ現場で芝居をやり遂げ、大きな自信になりました。
「俳優は心を扱う仕事、観客の気持ちを動かすには自分の心が元気でないとだめなんだ」と思い知らされました。

うれしいことが続きました。2人目の妊娠が分かったのです。主治医に相談すると、「脳動静脈奇形に気づいていなかった1人目の方が危険だった。今回は大丈夫」と言われ、家族が見守る中で無事出産しました。

今、NHKの夜の連続ドラマ「どんまい!」に出演し、周りの俳優陣に刺激を受けながら、自分がここにいる縁を楽しめている気がします。「病気をしたつらい経験は、俳優の仕事に生きるはずだよ」と夫は言ってくれます。いつかそんな日が来るよう、焦らず一歩一歩歩いていきます。

女優 片岡 礼子 さん

2005.12.11 日本経済新聞