生活習慣病予防に一役


修行僧の食事として知られる精進料理。野菜中心の質素な献立と侮るなかれ。意外にも栄養バランスに優れ、動脈硬化など生活習慣病を予防するパワーを秘めていることがわかってきた。禅寺の極意を日ごろの食生活に取り入れてみてはいかが。

平家物語が詠む「沙羅双樹」で有名な妙心寺東林院(京都市)。3月中旬の朝、40−50代を中心とする13人が全国から集まった。「禅寺で精進料理を体験する会」に参加するためだ。

精進料理は12世紀ごろ禅宗と共に中国から伝わったとされる。殺生を禁じる進行から、肉や魚を避けて菜食が中心。修行では米とたくあん、ごま塩だけというのも珍しくはないが、客をもてなす際は二汁五菜など汁物と菜食の組み合わせが基本になる。それは体験会でも見て取れる。

大和芋をすり下ろし豆腐と混ぜ、これをうどんにかけて蒸し物に仕立てる。長芋とかたくり粉を練って丸め、植物油で揚げる。寺が用意した菜っ葉のおひたしなどを加え、野菜の色が鮮やかな9品がそろった。

食べきれるかとの心配をよそに、常連という女性は「たくさん食べたと思っても、胃にもたれない。消化が良くて、すぐにおなかが軽くなる」
西川玄房住職は説く。「単に肉や魚を使わないだけでなく、旬の野菜の命も大切に。口にするからには無駄なくいただきましょう。この自然体の心こそが健康で長生きの秘訣です」

精進料理の極意は旬の野菜をバランスよく、多くの種類を使う。ここに健康パワーの源がある。

大阪府立食とみどりの総合技術センターの森下正博・野菜園芸グループ長は「季節の野菜を食べることは理にかなっている」と解説する。

夏が旬のウリ科のキュウリなどは、発汗を促し体を冷やしてくれる。利尿作用もあり、夏バテの原因となる老廃物を追い出す。冬の寒い季節の大根やかぶらは消化を促し、食べ過ぎによる胃のもたれを解消してくれる。

「精進料理の考え方は一般の家庭の健康食に役立つ」――。医学博士で管理栄養士の田中敬子・滋賀県立大学教授は、色々な寺の精進料理を科学的に分析して確信したという。

一食分のたんぱく質やカルシウム、鉄、ビタミンA、ビタミンB1、ビタミンCは、いずれも日本人の成人男性に十分な量を満たしていた。肉がないのでたんぱく質が不足するとの印象もあるが、大豆や玄米が補う。総カロリーも800キロカロリー弱とやや低めだ。

コレステロールが増え血管がつまる動脈硬化などを抑える効果が期待できるという。植物油などにも脂肪が含まれるが、脂肪が悪玉コレステロールなるのを防ぐビタミンEなども併せて食べられる献立になっていた。食物繊維やアミノ酸も見劣りせず、栄養分のバランスが絶妙だ。

精進料理といえども完全食ではない。育ち盛りの子供などに必要な動物性たんぱく質は足りない。そのまま食べ続けても弊害が心配だ。

そこで精進料理をひな型にして、年齢に合わせて食材を工夫するのがよい。
精進料理の原則「五味五色五法」を生かそう。五味とは「甘い」「辛い」「苦い」「酸っぱい」「塩辛い」の味付けのこと。五色とは赤、白、黄色、緑、黒色の食材を指す。五法は「生のまま」「焼く」「煮る」「揚げる」「蒸す」の調理法だ。この原則を守ると食品の種類が自然と増える。精進料理の献立に倣うとある成人寮の給食の4倍近くになるとのデータもある。

動物性たんぱく質は精進料理でも口にして構わない牛乳やチーズで補う。あまり菜食にこだわらず適量の肉や魚を食べることも大切だ。
田中教授が提案するのは精進料理式と銘打った健康食。60代は生活習慣病を少しでも緩和、40代は予防、20代や10代は健やかに育つよう工夫した。

昼食を例にとると、ロールパンとカボチャのスープ、豆腐をつめたロールキャベツが基本。育ち盛りの10代はマーガリンと鶏のミンチを加える。20代はヒラメのフライやトマト、マヨネーズを増やす。

西川住職が精進料理の食前に唱える言葉に「食事は心の修行」という意味のくだりがある。普段の生活でも、献立に気を配ると共に、飲み過ぎや食べ過ぎを戒める心が健康への近道となる。(加藤宏志)


2006.2.25 日本経済新聞