遺伝子より食習慣


がんの発生率や種類は、国や地域によってずいぶん違う。例えば、胃がんは日本では飛びぬけて多い。最近韓国に抜かれたが、長い間、世界一の座にあった。日本国内でも、東高西低の地域差がある。秋田や新潟の人が胃がんになる確率は、沖縄の人の約3倍だ。

海外では韓国のほか東欧勢や南米でも多い。逆に、米国、特に白人ではずばぬけて少なく、日本の10分の1程度だ。胃がんは日本人という遺伝子のせいと言いたいところだが、米国でもかつて今の日本並みに高い発生率の時代があった。また、日本を含めても世界的に減少傾向にある。

日本に住む人以外にも日本人の遺伝子を持つ集団がある。米国やブラジルへ移住した人たちとその子孫らだ。ブラジルには推計150万人の「遺伝的日本人」がいて、多くはサンパウロに住む。私はこの集団の病気の発生状況やその要因についての調査を20年近く実施してきた。

ハワイで生活する日本人集団と比較すると面白いことがわかった。ハワイへ移住した日本人グループでは、胃がんの発生率は大幅に低くなっていたが、サンパウロに住む日本人グループだと、同時期の日本とほとんど変わらない。

この遺伝的日本人の胃がんの発生率が、どこに住むか、いつの時代に住むかによってこれだけ違うのは、胃がんの発生には環境要因の影響が間違いなく強いことの間接的証明である。

サンパウロとハワイの差は、おそらく日本的な生活が移住先でも維持されていたかどうかによるものと考えられる。

胃がんのなりやすさは日本人の遺伝子ではなく、日本の生活習慣、とくに食習慣が関係しているのだろう。国内外の研究から、塩分や塩蔵食品が大きな要因のひとつとして浮かび上がってきた。

日本の東北地方や韓国の食事は他の国や地域よりかなり塩辛い。沖縄や米国の食事の味付けの主役は塩よりも油だ。冷蔵庫の普及で世界的に見てもずいぶん塩蔵食品は減っており、これが胃がん減少につながっているのだろう。
(国立がんセンター予防研究部長  津金 昌一郎)

2005.4.24 日本経済新聞