2人に1人は癌、日本の戦略は ?緩和医療の今


2人に1人は癌、日本の戦略は?
東京医科歯科大学2013年研修医セミナー 緩和医療の今

癌は死因の第1位。日本は「がん対策基本法」を基に戦略を組み立てている。
卒後の緩和ケア教育には必修化の動きもあるという。
東京医科歯科大学腫瘍センター長、三宅智氏が解説。
まとめ:山田留奈(m3.com編集部)

癌はどの程度治るのか?

講師は、東京医科歯科大学腫瘍センター長の三宅智氏

 癌診療と緩和ケアについて話します。日本では1981年以降、癌が死因第1位になりました(男性34%、女性26%、両性とも第1位)。男性の半分強、女性の半分弱の人が一生のうちに一度は癌の診断を受けるとも言われています。当院は大学病院なので、癌患者本人への病名告知はほとんどされています。我々が研修医の頃は告知されていなかったことが多く、胃癌の人は胃潰瘍、肺癌なら感染症とか結核と言って手術を行ったこともありました。

 一般的な癌のイメージは「比較的まれな病気で、なかなか治りにくい」というものだそうです。実際は、ほぼ半分の癌が完全に治癒します。治りやすい癌には甲状腺癌、精巣癌、乳癌などがあります。比較的治りやすい癌としては、喉頭癌、膀胱癌、子宮癌などがあります。「癌は珍しくない、治らない病気ではない」ということを患者によく分かってもらうことがまず必要だと考えています。

 癌診療の三本柱は「手術」「抗癌剤」「放射線」であることは間違いないのですが、最近はここに「緩和ケア」が入りました(対症療法、支持療法と呼ばれた時期もあった)。その他にも免疫療法、補完代替療法(いわゆるサプリメント、鍼灸)などがあります。米国などでは、これらを組み合わせて総合的に癌診療を行うことが盛んになってきています。

 癌治療の目標はもちろん治癒ですが、治療の副作用や経済的負担を軽減することも大切です。最終的には「QOLの向上」が最も重要だと言われています。質調整生存年(QALYs:Quality Adjusted Life Years)という言葉をご存じでしょうか。どういうものかというと、QOLあるいはADLを縦軸に取って、1が満点だとして、「1で50年生きる生き方」と「6掛けぐらいのQOL、ADLで80生きる生き方」は、どちらも面積は50になり、同じという考え方です。「細く長く生きるか、太く短く生きるか」という言い方もできます。

 例えば、抗癌剤治療の有害事象に耐えながら1年長く生きるのが良いのか、抗癌剤治療を止めて、より元気なままで少し短く生きたほうが良いのかという比較になります。これはある意味「危険な考え方」だと言われています。縦軸を誰が判断するのか。当然、本人が判断することになります。医療者側だけが良いと思う治療を無理やり勧めるということは、現在は許されなくなってきています。

 QALYsの考え方の基本は「功利主義」です。ジェレミ・ベンサムは、計測可能な(量的な)功利主義、要するに「幸せは客観的に数値で表すことができる」と提唱しました。それに対して、ジョン・スチュアート・ミルは「質的な功利主義」を唱えました。幸福は本人の主観によると主張し、「満足した豚より満足しない人間の方が良い」という言葉を残しています。いずれにしても、分子標的治療薬などの進歩に伴う医療経済の膨張を考えると、QALYsは、是非はともかく、理解しておかなければならない概念の一つです。

 QALYsと関連して、「病の軌跡」(Illness Trajectory)という考え方があります。疾患により異なる経過を取ることを視覚的に表現したもので、図の(a)は突然死、(b)は癌の一般的な経過を示しています。癌では比較的QOLが保たれたまま経過して、最後の数カ月に急に状態が悪くなります。また、(c)は心不全や呼吸不全の場合で、時々具合が悪くなって入院し、徐々に状態が悪くなっていきます。(d)は認知症や老衰などの場合で、低いQOL、ADLで比較的長い経過を辿ります。

 「病の軌跡」の利点としては、今後のことを患者、家族と一緒に考える上で参考になるということです。どういう時期に在宅医療を考えるとか、いつ入院を考えるということの指標になると言われています。ただし、これだけが独り歩きしてしまうと、医療者側が一方的に予後や経過を決めてしまうことにつながる可能性があるので、ある意味では危険な考え方と言えます。

 対癌戦略は、1984年から10カ年計画が始まり、現在は第三次なのですが、あまり目に見えた成果はありませんでした。画期的だったのが2006年に成立した「がん対策基本法」という法律です。当時、民主党の山本議員が、自分は胸腺癌であると国会で演説したのです。なぜかというと、与野党の法案が今と大きく異なり議論があったこと、さらに参議院選挙も控えていたため、会期中の成立を逃すと大幅な遅れが出ると見られていたからです。山本議員が自分の話をしたことがきっかけとなって審議が進み、スピード感を持って法律が成立しました。なお、山本議員は法律が施行になった2007年に亡くなりました。

 がん対策基本法の柱には早期発見などもありますが、今までの施策と違う点は「均てん化」です。すなわち、全国どこにいても同じレベルの癌診療が受けられるようにすることです。これをもとに「がん診療連携拠点病院」というシステムができました。さらに「緩和ケアの充実」も盛り込まれました。この法律をもとに具体的な基本計画ができて、放射線療法や化学療法の推進、治療の初期段階からの緩和ケアという考え方が示されました。

 がん対策推進基本計画は2012年に改定されました。新しい第二次基本計画の中には、「早期」ではなく、「がんと診断された時からの緩和ケア」という文言が盛り込まれました。また、第一次計画では放射線治療医と化学療法医だったところが、実は外科医も足りないということが判明し、手術療法のさらなる充実も謳われています。その他、癌と就労、小児癌への対応も盛り込まれました。小児に関しては2013年に国レベルでの拠点病院が認定されました。現在は東京都が認定する小児癌の拠点病院を決めているところです。

 「がんプロ」知っていますか

 皆さんが学生の頃は、あまり緩和ケアの系統的な教育というのがなかったと思います。現時点では、筑波大学や自治医科大学など一部の大学を除いて、緩和ケアの系統的な講義はあまりなされていないのが現状です。

 緩和ケアの教育を充実し、そこに携わる医療者を養成する目的で、2007年に「がんプロフェッショナル養成プラン」(通称:がんプロ)が策定されました。これは5年間のプロジェクトで、2012年からは新たに第二次のがんプロになっています。第一次ではあまり目立った成果がなかったという見方もあり、大学に関連する講座(分野)をつくらなかったからと言われています。第二次では、緩和ケアや化学療法などの関連講座が43の大学でできました。これは非常に重要な試みです。医科歯科大学でも、今年の3年生のブロック講義で緩和ケアの講義が盛り込まれました。今後は全国の大学で緩和ケアの卒前教育・卒後教育が発展していくと考えています。

 第二次がんプロは全国に15拠点あって、医科歯科大学はそのうちの一つとして基幹校になっています。構成校は、医科歯科の他に東京医大、弘前大、秋田大、東京工業大学と東京薬科大の6校です。全国43講座の内訳を図に示しました。緩和ケアに対しては10講座あり、本学の臨床腫瘍分野は「その他の癌に特化した講座」に入っています。

 卒後の緩和ケア教育プログラムとして「PEACE」というのがあります。がん対策基本法のもとに癌診療に携わる医師に対する2日間の講習会として行われてきました。最近では、研修医に対して必修化しようという動きもあり、将来は全研修医にこのプログラムを受けていただくことになるかしれません。かなりヘビーな2日間のプログラムです。

 なお、看護師にはEnd of lifeを中心とした「ELNEC-J」という教育プログラムが、小児科では「CLIC」という、倫理なども含めたプログラムが行われています(続く)。


2014年2月28日 提供:研修最前線