温泉の禁忌症、適応症 見直しなぜ? 科学的根拠の乏しさ背景

 温泉に掲示される注意書きや効能の内容が32年ぶりに見直される。たった1回の入浴も避けるべき禁忌症から「妊娠中」が削除され、温泉療養で効果があるとされる適応症に「ストレスによる諸症状」などが加わる。なぜ見直しか、どう変わるのか探った。(編集委員 岩本進)

▼妊娠中も問題なし/「ストレス諸症状」に効能

 掲示基準の見直し案は環境省が1月下旬に公表し、一般の意見を募った。6〜7月ごろ新しい基準を決める方針。今の基準は1982年の制定で「表現も古く、時代に合うように内容を含めて再点検した」(環境省)。

 「禁忌症や適応症が本当に正しいのか、疑問はあった」と日本温泉気候物理医学会理事長の大塚吉則・北大大学院教授(58)=温泉療法専門医=はいう。環境省の依頼で学会は2005年度から8年かけて過去の研究論文などを調査。これを基に見直し案が作られた。

 禁忌症とは何か。見直し案には「1回の温泉浴でも有害事象を生ずる危険性がある病気・病態」と記された。

 これまではどう決めていたのだろう。大塚さんによると「もともと、入らない方がいいという昔からの経験や言い伝えをもとに温泉地や湯船ごとに決めてきた。その後、温泉の成分が分析できるようになると、あの温泉と成分が同じならば、この温泉も禁忌だろう、となった。適応症も同様で科学的根拠があるものは少なかった」。

 妊娠中の入浴についても、「かつて温泉浴で流産などをした方がいて、それが言い伝えられてきて、禁忌症になったのだろう」と大塚さんは推測する。

 だが学会の調査で、温泉浴が妊婦によくないという研究論文は国内外に見当たらなかった。逆に日本には「問題ない」とする研究があり、見直しの決め手となった。

 その研究は次のような内容だ。岐阜県立下呂温泉病院の研究班が、同病院で出産した女性約千人に行った妊娠中の入浴アンケートを分析した。毎日の入浴が《1》温泉(単純温泉の下呂温泉)《2》入浴剤入り《3》真湯《4》シャワー―の人の四つのグループで比べた結果、切迫流産や切迫早産、早産の起きる割合や出生体重に差がなかった。

 ただ禁忌症から外れるとはいえ、妊娠中の温泉浴は注意が必要と大塚さんは指摘する。「単純温泉や弱食塩泉など体への刺激の弱い温泉は問題ないが、酸性泉など刺激が強い温泉に何度も入ると皮膚炎や体調を崩す可能性があるかもしれない」。転倒などにも注意したい。

 見直し案の禁忌症は、妊娠中がなくなった以外は現行とほぼ同じ。表現をやさしくし分かりやすくなった。

 適応症は「温泉療養を行うことで効果が期待できる病気」だ。見直しで加わるのが「ストレスによる諸症状(睡眠障害、うつ状態など)」「自律神経不安定症」「軽症高血圧」「耐糖能異常(糖尿病)」「軽い高コレステロール血症」などだ。

 大塚さんによると、温泉には脱ストレス効果がある。森林浴を伴う温泉旅行の参加者30人を対象に、ストレスホルモンといわれる唾液中のコルチゾールを測って比べたところ、旅行後はほぼ全員が低下していた。また、温泉療養で糖尿病など生活習慣病が改善したとの研究報告もある。

 ただし、大塚さんは「温泉に1回入れば病気が治るわけではない」とくぎを刺す。見直し案にも、療養泉の効果は「温泉の成分や温熱、温泉地の地勢や気候、利用者の生活リズムの変化などで起こる総合作用」と記されている。大塚さんは「1泊2日では脱ストレス作用はあっても、適応症にある持続的な効果は期待できない。じっくり時間をとって温泉療養を楽しんでほしい」と助言する。


2014年2月14日 提供:北海道新聞