最先端医療の現場から――コレステロールと生活習慣病
第5回

動脈硬化で高まる心筋梗塞のリスク

山口大学大学院医学研究所教授      松崎益徳氏
青森大学社会学部教授、エッセイスト   見城美枝子氏

病巣が破れやすいかどうかが問題
内腔の狭窄が目立たないことも

見城 血液中にコレステロールが多すぎると動脈硬化が起こったり、進んだりします。動脈硬化は生命にかかわるさまざまな病気の原因になりますが、その中でも冠動脈疾患と呼ばれる心臓病は特に関係が深いと言われていますね。

松崎 心臓は心筋細胞という特殊な筋肉でできています。手のひらを1分間70回のスピードで開閉していると疲れてしまいますが、心臓は同じスピードで一生休むことなく収縮と拡張を繰り返します。その心臓の拍動を支えているのが、心筋に酸素をと栄養を供給する冠動脈です。ところが冠動脈の動脈硬化が進み血液の流れが悪くなると、酸素不足から心筋に障害が起こる。これが冠動脈疾患です。

発症のメカニズムの理解
この10年で飛躍的に進む

見城 冠動脈疾患には狭心症と心筋梗塞(こうそく)がありますが、どう違うのでしょう。

松崎
 酸素の一過的な不足で発症するのが狭心症、血流が完全に途絶えて心筋の一部が壊(え)死してしまうのが心筋梗塞です。狭心症には労作性狭心症と冠動脈攣(れん)縮がありますが、動脈硬化と関係が深いのは労作性狭心症です。心臓に大きな負担がかかる状態、例えば走ったり、階段を上り下りしたり、興奮したりすると、心筋は拍動を増やして大量の酸素が必要になります。しかし供給が不十分だと悲鳴を上げる。それが狭心痛と呼ばれる痛みになって現れるんです。

見城 どんな痛さなのでしょう。

松崎 急に胸苦しくなったり、胸全体が締め付けられるように痛んだり、ひどい場合には胸に焼け火ばしを突き刺されたような痛みが生じます。ただ、この痛みは、安静にしていれば、2、3分でおさまってきます。

見城
 心筋梗塞もやはり痛みがあるのですか。

松崎 狭心症とは比較にならないほど激しい痛みです。それが急に襲ってきて、30分以上も続く。すぐに救急車を呼んで専門の医療機関に運ばないと、生命にかかわってきます。

見城 怖いですね。動脈硬化が進むと起こってくるのですね。

松崎 冠動脈疾患の発症のメカニズムについては、この10年ほどの研究で非常に多くのことが明らかになってきました。以前は動脈硬化の病巣である粥(じゅく)腫がだんだん大きくなり、それが冠動脈をふさぐためだと考えられていましたが、現在では粥腫が破れて血栓ができることの方が、圧倒的に大きな原因だと分かっています。

見城 動脈硬化には悪玉のLDLコレステロールが深く関係しますね。

松崎 ええ。血液中に増えすぎたLDLコレステロールは、高血糖によって糖化されたり、活性酸素によって酸化されると変性LDLに変わります。それが、高血圧や高血糖などで傷ついた動脈壁の内腔(くう)側を覆う内膜から侵入し、内膜と中膜の間にたまる。マクロファージも侵入してきます。これが粥腫、あるいはアテロームと呼ばれるものです。

見城 マクロファージは体にとっての異物を食べる白血球の一種ですね。

松崎 そうです。マクロファージは変性LDLを食べ続け、コレステロールをたくさん含む泡沫細胞に変化します。動脈壁の中膜にある平滑筋細胞も異常を起こして集まってきます。ほかにコレステロールの結晶などいろいろなものが混ざり合い、粥腫の中は炎症を起こしておかゆのような状態になっています。

血管内超音波法が実用化
動脈壁の内部状態を検査

見城 粥腫がどんどん大きくなり動脈壁の内腔に盛り上がる。やがて破れ、そこに血小板などが集まって血栓ができ、血液の流れを悪くしたり止めてしまうのですね。

松崎 そういうケースが多いのですが、粥腫がそれほど大きくなく、あまり盛り上がらないこともあります。血管のリモデリング現象と言いますが、粥腫ができると内腔を狭くしないように動脈壁の外側が卵形に広がるためです。実際、心筋梗塞を起こした患者さんの冠動脈を冠動脈造影法で調べると、内腔の狭窄(さく)はあまり目立たないことがあります。

見城 そうなんですか。

松崎 冠動脈造影法は冠動脈に造影剤を入れて壁の鋳型を見ているわけです。しかし最近は、血管内超音波法で冠動脈壁内部の状態も分かるようになった。それで検査すると表面は滑らかでも、中におかゆ状のものがいっぱいたまっているケースがかなりあります。そうしたこともあって、動脈硬化は動脈壁そのものの病気で、問題は粥腫が破れやすいかどうかだという方向に考え方が変わってきています。

見城 粥腫にも破れやすいものとそうでないものがあるのですか。

松崎 破れやすいものを不安定粥腫、破れにくいものを安定粥腫と言っています。安定粥腫は内膜の皮膜中に繊維質がたくさんあるので割りに丈夫ですが、不安定粥腫にはそれが少ない。それで、高脂質、高血糖、高血圧、その他もろもろの化学的・物理的ストレスを受けているうちに、急に破れてしまう。そこに血栓ができて冠動脈を詰まらせるわけです。

見城 なるほど。

松崎 かなり以前の話ですが、忘れられない患者さんがいます。20代の漁師さんで、漁の最中に心筋梗塞の発作を起こした。病院に担ぎ込まれた時は完全に心肺停止の状態で、あらゆる手立てをつくしたのですが結局、蘇生させられませんでした。解剖させていただいたら、左冠動脈の主幹部が血栓で完全にふさがっていました。

見城 主幹部ってどのくらいの長さですか。

松崎 1センチから1.5センチです。冠動脈はそこから大きく枝分かれして、心臓を取り巻いています。その主幹部の真ん中あたりに、コメ粒の半分ほどの血栓があった。それ以外は、頭から足の先まで全く正常です。粥腫が破れやすいと、いつ心筋梗塞を起こしても不思議じゃないんです。

危険因子はさまざま
マルチプル・リスク患者も

見城 そうすると、動脈をとにかくきれいにして、動脈硬化になったり促進したりしないように注意が必要ですね。

松崎 ただ、これがなかなか難しい。動脈硬化には危険因子がたくさんあります。高脂血症、糖尿病、高血圧、喫煙、肥満、運動不足、ストレス。それに家族歴や加齢、性差も入っていきます。男性というだけでリスクが高まる。それに最近、もう1つ問題になっているのはマルチプル・リスクファクターを抱える患者さんが増えていることです。

見城 伺いました。高脂血症だけでなく、高血圧、肥満を併せ持つ患者さんが増えている。そういう人は動脈硬化が進行しやすく、心筋梗塞や脳梗塞などを起こす確率が相乗的に高まる。逆に1つでもリスクをなくせば、確率は相乗的に減るというお話でした。

松崎 加齢、性差、家族歴は本人にはどうしようもないし、しかもマルチプル・リスクファクターだとなると、もうたいていの人は弱気になってしまいます。ただ、ものは考えようです。これも聞かれたと思いますが、高脂血症、糖尿病、高血圧といった生活習慣病は、生命を維持する機能が高い人ほどかかりやすいところがあるんです。

見城 それも伺いました。人類は長い飢餓と寒さの時代に、脂肪やグリコーゲンを体に蓄えたり、血圧を高くする体の仕組みを作ることで生き延びてきたということですね。

松崎 逆に言うと、高コレステロールや高血糖、高血圧になりやすい遺伝子を持つ人だけが、生き延びてきたわけです。ですから生活習慣病は、そうした生命を維持するための機能が、ちょっと過剰に働いている状態だとも考えられます。

見城 マルチプル・リスクファクターがあっても、弱気になったり悲観的になる必要はない。

松崎 ない。過剰に働いているのを少し抑えるんだという、楽な気持ちで治療に取り組めばいいんです。

脂肪の摂取過多で
発症率4倍増の心配

見城 まずは食事と運動ですね。

松崎 食事では脂肪の摂取量を控えめにすることが基本です。これは患者さんだけでなく、日本人全般についても言えることです。40年ほど前、米国人の総コレステロール値は220mg/dl程度、日本人は180mg/dl程度でしたが、現在は両方とも200mg/dlでほぼ同じになっています。

見城 なぜでしょうか。

松崎 米国では40年ほど前、人口10万人当たり1年間に1000人以上が心筋梗塞を発症し、350人が亡くなっていました。それで食事から取るエネルギー量のうち、脂肪で取る割合を減らすキャンペーンを展開した。ところが日本は逆に、脂肪で取る割合が大幅に増えています。日本人の1日の平均エネルギー量は約2000キロカロリーで、30年前とほとんど同じです。しかし、その間に脂肪で取る割合は約10%から27%に高まって、います。

見城 日本人の食生活が欧米化したためですね。

松崎 もちろん今と昔と、どちらの食生活がいいかは一概に言えません。昔は塩分が多すぎたし、脂肪も10%では少ないと思います。しかし今の食事は、それにしても脂肪が多すぎる。日本人の心筋梗塞の発症率は現在、米国人の4分の1程度ですが、このままだと今の高校生、大学生が中年になるころには米国並みに高くなるのではないかと心配です。

見城 子供のころに身についた味の好みは、いくつになってもなかなか変わりません。正しい食生活をするためには、家庭の役割がとても大きいと思います。次は運動ですが、いいのは有酸素運動ですね。

松崎 速足で歩く、軽いジョギングをする。強さは心拍数が1分間に100−120に上がる程度が適当です。それを1日30分以上、週に3回以上行います。

スタチンの積極投与も
今後の重要な検討課題

見城 薬物療法はどうでしょうか。LDLコレステロールが問題の場合は、スタチン系の薬が一番よく使われると聞いています。その原型物質は約30年前、日本の製薬企業が京都のコメに付着したアオカビから発見したそうですね。

松崎 スタチンは12、3年前に出た日本オリジンの薬で、第一選択薬になっています。肝臓でのコレステロール合成を強力に抑える作用を持っているんです。それだけでなく、CARE、LIPID、WOS、4S、KLIS、PATEなどスタチンを使って国内外で実施された大規模試験で、心筋梗塞などの発症や再発を20%減、30%減という具合で低下させるという結果も出ています。

見城 なぜ減るのでしょうか。

松崎 むろん血液中のコレステロール、その中でも主にLDLコレステロールを低下させるのが主作用ですが、それ以外にも不安定粥腫に直接働いて、破れにくくする作用を持つためだと考えられています。動脈壁の内腔側表面は一層の内皮細胞でできていますが、スタチンはその機能を改善する。もう1つは、粥腫の中で起こっている炎症を抑えるんです。

見城 安全性についてはどうでしょうか。

松崎 副作用はほとんどないし、最も安全性の高い薬の1つだと思います。それで医療の現場では、この薬をもう少し積極的に使ってもいいのではないかという考え方もあるんです。生活習慣病の予防と治療は食事と運動が基本です。それでも期待した効果を得られない場合に薬物療法を組み合わせる。しかし医師が食事や運動についてアドバイスしても、中には、どうしても実行できない患者さんもいます。

見城 分かります。生活習慣病は中年過ぎの患者さんが主ですから、仕事は忙しいし飲食の付き合いも多い。アドバイスを守らなければと思っても、なかなか難しいところもあります。

松崎 多面的な効果を持ち安全性も高い薬なら、そうした患者さんたちにもっと積極的に投与していいかどうか、難しい問題を含みますが今後の重要な検討課題だと思います。ただ薬にはコンプライアンスの問題があります。狭心症や心筋梗塞を一度でも起こした患者さんは、それがどんな事態を招くかよく知っているので、医師の指示通りにきちんと服薬してくれます。ところがその経験がないとつい飲み忘れたり、自己判断で飲むのをやめてしまいがちです。

見城 コレステロールや血糖、血圧が正常値を少し超えているぐらいでは痛くもかゆくもないわけですから。

松崎 そうした患者さんたちには、私はマルチプル・リスクファクターの概念を説明するんです。生活習慣病の予防で最も大切なのは、患者さんと医師が協力して危険因子を1つずつ減らしていくことだし、1つ減らせれば意欲がわいてきて、すべてがいい方向に回転して行くということです。

見城 そのためには患者さんの方でも、生活習慣病についての正しい基本知識を持つことが大切ですね。ありがとうございました。

(2002.9.28日本経済新聞)