スローフード

生き方自体を考える運動

「スローフード」と呼ばれるイタリア発の言葉がじわじわ広がっている。「ファストフード反対運動?」「イタリア料理をゆっくり食べることでしょ」――。名前や発祥地からこんな印象が、ライフスタイル全般にかかわる、もっと奥の深い運動だ。

日本でスローフードという言葉が本格的に広がり始めたのは1999年。大皿で料理を並べるイタリアの家庭が登場し「スローフードに帰ろう」と呼びかけるカゴメのテレビCMがきっかけだった。

イタリアでは家族みんなが集まり、わいわい話しながら長い時間をかけて食事を楽しむ。イタリア料理に欠かせないパスタや魚介類、チーズ、ワインは健康にいい。そんなイメージに加えて、ハンバーガーや牛丼などのファストフードと正反対の言葉の面白さや、折からのイタリアブームもあって、世の中の関心が高まっていった。

女性誌などはスローフードをうたったレストランを特集。百貨店ではイタリア特集を中心にフェアも相次いだ。昨年5月に発売されたイタリア映画のサウンドトラック26曲を集めたCD「バック・トゥー・スローフード」(キングレコード)は当初予想を上回る売れ行きで、今月には続編「ゴー・トゥー・スローフード」も登場する。

スローフードは華やかでおしゃれなブームになっているようにもみえる。だがもともとは、イタリア料理を褒めたり、単にゆっくり食べたりすることを意味していたわけではない。
この言葉が誕生したのは86年。ローマの観光名所スペイン広場にマクドナルドが開店したのを機に、イタリア北部の小さな町ブラで1つの運動が始まった。消えつつある郷土料理や質の良い食品を守ろう、良い素材を提供する小規模な生産者を守ろう、子供を含めた消費者に味の教育をしよう――。そんな活動だ。

多様な食文化を大切にしようという考え方に賛同した人が各地で独自に支部を設立。今では世界中に6万人を超える会員がいる。

日本では99年に「日本スローフード協会」(本部・名古屋市)が発足。日本酒の研究や地引網で取れた魚を料理して食べる親子の味覚教育会などを開いている。ほかにもスローフードに関連した協会が相次いで生まれ、計5団体がそれぞれイタリアの本部から承認を受けて食の啓もう活動を独自に続けている。

スローフード運動は、伝統的な日本の食材や農業への関心を高めることにもつながった。1つの例が埼玉県川越市にある小野食品のざる豆腐「なごり雪」だ。

「日本のスローフード」として雑誌などに何度となく取り上げられた。

体験するには
日本スローフード協会(052・264・4835、http://www.slowfood.gr.jp/)、ニッポン東京スローフード協会(03・3549・1011、http://www.nt-slowfood.org/)など各協会はさまざまなイベントを開いている。小野食品のざる豆腐「なごり雪」(2200円)は、ファクス注文(049・224・3156)で全国に配送も。東京都練馬区には合計7カ所の体験農園があり、毎年1月に一斉に応募を受け付ける。都市部ではこのほかに、東京都調布市や横浜市、大阪府堺市にも同様の体験農園がある。

青竹で編んだ直径約20センチのざるにこんもりと盛られ、プルプル揺れる表面からは白い湯気が立ち上る。独自の甘さが持ち味で、夏には3カ月待ちになる。

「自分の子供に食べさせられないものは、ほかの人には勧められない」と店主の小野哲郎さん。材料は長野産大豆ナカセンナリ100%、水は井戸水。すべて出所のはっきりした素材を使う。手作りのため1日150個しか作れない、まさにスローフードだ。

食への関心から、都心部でも実際の農作業に参加し始める人が増えている。東京都練馬区の白石農園が運営する体験農園「大泉風のがっこう」では、有機中心の肥料のまき方や土の耕し方なども教えてもらえる。人気が高く、抽選でもれてしまう人も多い。

経営者の白石好孝さんは「農家と消費者を近づけようと始めたら、スローフードとの接点があった」と振り返る。5年前から参加する長崎達夫さんは「自分で収穫する喜びのほかに、畑で出会う人と仲良くなるのも楽しみ」と魅力を語る。それもスローフードがもたらす成果の一つだ。

「スローフードな人生!」の著者、島村菜津さんは「食べ物に気を配ると、家族や友人、自然など、いろいろなつながりも見えてくる」と言う。食品の安全性、信頼性が揺らぐ事件が続くなか、食卓を囲みながら「この野菜は誰が作ったのだろう」「どこで取れたのか」と話してみるのも、スローフード運動だろう。

(2002.3.2 日本経済新聞)