幹細胞再生医療で死亡したAさん、死因は?
 

死因は「肺塞栓」。 幹細胞投与との関係は?

  自分の脂肪から幹細胞を取り出し、培養してから点滴で静脈に入れる「再生医療」を受けた後に死亡したAさん。解剖の結果、死因は「肺塞栓症(肺梗塞)」だった。果たして幹細胞投与が死亡につながったのだろうか。

  考察するヒントになるのが、白血病など血液がんの治療法の一つ、「自家移植」だ。骨の中心部にある骨髄という組織に、白血球などの血球成分になる造血幹細胞がたくさんある。白血病は、造血幹細胞が少し成長した細胞ががん化する病気だ。

  自家移植は、まず、がん細胞を骨髄の中の幹細胞もろとも抗がん剤と放射線で全滅させる。その後、事前に、自分の骨髄から採取しておいた幹細胞を含む骨髄液を点滴投与する。投与された幹細胞が骨髄に根付き、正常な白血球などを作り出す。

  他人から骨髄液を提供してもらう「骨髄移植」を含め、「造血幹細胞移植」と総称される。造血幹細胞移植は、最も歴史が古い「再生医療」だ。

  自家移植は「造血幹細胞」を投与するが、京都ベテスダクリニックの幹細胞投与は脂肪の幹細胞を使い、それを培養してから投与するという違いがある。しかし、自分の幹細胞を再び静脈内に戻すという手法は同じだ。治療法として確立している自家移植では、どんな点に注意をしているのだろうか。

  ある関東地方の血液内科医は「自家移植を含む造血幹細胞移植を行う場合、肺塞栓症には特に注意している」と話す。採取した骨髄液には、肺塞栓症を引き起こす可能性がある脂肪細胞や骨片が入っているので、移植前にフィルターを通して取り除くという。「脂肪組織は最も肺塞栓症を起こしやすい。そもそも、糖尿病の治療に脂肪幹細胞を使うエビデンス(科学的根拠)があるとは思えない。それなのに、患者への投与が行われていること自体、理解できない」と力説する。

  間葉系幹細胞などに詳しい循環器内科医は「間葉系幹細胞の大きさは均一ではないが、大きさが10-50マイクロメートル(1マイクロメートル=100万分の1メートル=0.001ミリメートル)程度。一方、肺動脈の毛細血管は内径が10マイクロメートルほど。間葉系幹細胞は血液細胞に比べると大きいので、毛細血管に詰まる可能性は大いにあると思う」と話す。

  また、ある法医学医は「幹細胞を培養するためには、なんらかの物質を使っていると思われるが、その物質によって血管がアレルギー症状を起こし、肺塞栓を起こす引き金となったかもしれない」と指摘する。

  国内で間葉系幹細胞の投与を行っている医師は「京都のクリニックが投与した幹細胞の一部は、ソウルから運んでくる過程で死んでしまったのではないか。死んだ細胞を投与すれば、肺塞栓を起こす危険性が高くなる。私たちのクリニックでは細胞が死んでいないか、チェックをしてから投与している」と話す。

  一方、ある内科医は「脚を動かさずにいると静脈に血栓ができて、それが肺塞栓症を起こす、いわゆる『エコノミークラス症候群』の可能性もある。幹細胞投与が原因かどうかを、科学的に証明するのは難しい」と言う。

  また、京都ベテスダクリニックの診療体制に問題はなかったのだろうか。Aさんは糖尿病の持病があり、血栓ができやすい状態にあるのだから、肺塞栓症などを発病しやすい。医師は、幹細胞投与後の経過観察を注意深く行うべきだったのではないだろうか。

  記者は、京都ベテスダクリニック院長(現在は事実上閉院)に取材を申し込んだが、仲介者を通して、取材を受けないとの回答が伝えられた。


  有効性や副作用が明らかではない再生医療・幹細胞投与が世界で行われている一方、この治療に希望を託す患者もいる。再生医療の深層を探る。


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2011年11月29日 提供:読売新聞