たべるこだわり 偏食アカデミー

スタミナ【参考文献】
激しい現代社会の中で勝ち抜くための“スタミナ”が必要です。1日の仕事が終った夕方にはもうグッタリしてしまうという状態では、現代人として失格。
飯塚律子著「スタミナ自然食」

糸引き理論の偶然的正解

スタミナ丼、スタミナラーメン、スタミナ定食――。町の中華料理店では、かなりの確立で「スタミナ」メニューに出合う。焼き肉、ウナギ、スッポンなどの店でも、「スタミナ」をうたった看板やポスターを見かける。大阪の「スタミナうどん」は東京の「天玉うどん」と同じものだったりする。ところで「スタミナ」って何だ?

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「スタミナ」が人口に膾炙(かいしゃ)し始めたのは、いつごろだろう。昭和30年(1955年)に出た広辞苑初版には「スタミナ」の項目が既にあり、「持久力」と説明されている。出版元の岩波書店によると「昭和10年に出た広辞苑の前身、『辞苑』には載っていません。手元にある他社の昭和20年代の辞書にも見当たりません」。

「現代用語の基礎知識」(自由国民社)の編集部に調べてもらった。「スタミナが登場したのは昭和31年度版からでした。52年度版までは、ずっと『ボクシング用語』の欄に載っていたんですよ。<闘魂、精力、耐久力、ボクシング以外にも用いる>と説明されていました」
「スタミナ」という語が一般化し始めたのは、どうやら昭和30年ごろのようだが、当初は「闘魂」であり、「ボクシング」であったのだ。

栄養学者、小池五郎氏の「スタミナのつく本」(光文社)がベストセラーになったのが37年。このころから、スタミナ「食」の発想も世間に広まったのではないか。

「こてっちゃん」など焼き肉商材で知られる「スタミナ食品」が設立されたのは45年。「スタミナ食品と名乗って法人化したのは42年」と同社。「40年ごろは“ホルモン焼き”から“焼き肉”という呼称に変わろうとしていた時代。滋養、精力、バイタリティーのつく食を追及する意味を込めて社名に使いましたが、世間的にもスタミナ食のイメージが出来上がりつつあったころですね」

高度成長期、焼き肉、闘魂。ワッセワッセと頑張ったオトウサンたちの姿が見えてくる。

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「何かスタミナのつくもんを食べさせてくれって、お客さんに頼まれましてね。それで考え出した一品がこれ」。東京・神田駅近くにある「しんどう」の主人、進藤征四郎さんは、丼をドンと置いた。昼はてんぷら、夜は秋田料理を出す庶民的な店だ。

メニューの名はそのものズバリ「スタミナ」。出てきた丼にはマグロ、ワカメの芽かぶ、山芋、納豆、生卵の黄身、豆腐がギッシリと詰まっている。「醤油をぶっかけて、かきまぜてください」
「なんで、また、これがスタミナなんです?」。手と口をドロドロ、ネトネト動かしながら尋ねた。「いやあ、あなた、スタミナといえば、ネバネバ糸を引いてなくちゃダメでしょ」。「スタミナ」はこの店の人気メニューとして15年以上君臨している。

スタミナすなわちStaminaはラテン語「Stamen」の複数形に由来する英語だ。「外来語語源辞典」(東京堂出版)によれば、「運命の女神ファーテスが紡ぐ人間の寿命の糸」の意。

納豆や山芋からネバネバ〜っと引く糸は、人間の命の糸だったのだ。進藤さんの「ネバネバ=スタミナ」の理論の偶然的スルドサに拍手。

大阪府医師会のホームページに「スタミナ」の解説が載っている。「持久力、根気のこと」「仕事やスポーツを疲れを感じないで元気よく、長時間できる能力」と定義し、「肉類、ウナギなどの高タンパク、豊富なビタミン」「梅干し、酢の物など酸味の多いもの」などを「スタミナ食」として挙げている。

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「仕事を長時間集中して続ける能力、いわば知的スタミナは日本人より欧米人の方が一般的に優れています。日本人は長時間議論していると、すぐに飽きてしまうでしょ。原因のひとつは食習慣です」と運動・栄養生化学の専門家、鈴木正成筑波大学教授は指摘する。日本人って粘り強いと思ってたのに。

「スタミナの正体は体温、つまり熱です」と鈴木教授。熱が冷めてくると、スタミナ切れを起こして会議中あくびが出る。冷えないための熱源はたんばく質だ。「たんぱく質が熱を生産し続けるには脂肪や炭水化物の助けが必要。炭水化物は助ける力が短時間で終ってしまうが脂肪はジワジワと長続きする」

たんぱく質と脂肪のコンビがスタミナ食の主役のようだ。「一般に欧米人は朝食で、卵、バターなど、たんぱく質と脂肪を多くとる。だから知的スタミナがあるんです」「運動選手は、筋肉の中のグリコーゲンがなくなったときにスタミナが切れます」筋肉中に脂肪があれば、グリコーゲンより脂肪が優先して消費されるため、スタミナ切れが起きにくい。「女性は筋肉中の脂肪が多いから、男性よりスタミナがあります」

たんぱく質と脂肪。そして炭水化物では米飯も効果的らしい。焼き肉定食、レバニラ定食、ウナ丼などのスタミナ定食はなかなか理にかなっているわけだ。

「ただし朝食で摂取することが肝心ですよ。夜に脂肪の多いものを食べたら、太るだけです」と同教授。ガーン。毎晩、取材でスタミナ丼を食べ続けてきた私は。

さて、当アカデミーも閉店の時間となりました。長い間ごひいきありがとうございました。お客さん、そろそろ看板ですよ。(吉田俊宏)

(1999.3.28 日本経済新聞)