喫煙は女性の敵!
|
「女性の喫煙は、男性以上にリスクが高いのですよ。がんばって禁煙しましょう」--女性の禁煙サポートは重要だ。 |
若いころよりたばこを毎日10本ほど吸ってきたという72歳の女性Mさんは、ある日、頭痛などの症状で受診。血圧が200/100mmHgと高く、長時間型血圧測定でも高血圧を認めたため、降圧薬の処方を開始した。また、蛋白尿と低蛋白血症、血清クレアチニンの上昇とIIb型の高脂血症を合併しており、ネフローゼ症候群も疑われた。
その後、Ca拮抗薬とアンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)を併用し、血圧が170/80mmHgまで低下した1週間後、正午ごろに嘔吐、首から肩、前胸部にかけて痛みが出現し、急きょ受診した。心電図では、2度房室ブロックと胸部のV5、6にST低下を認め、心エコーでは下壁の壁運動が低下していたことから、急性心筋梗塞(下壁)と診断し、地域の基幹病院に紹介した。
すぐに冠動脈造影が行われ、右冠動脈#1に完全閉塞を認めたため、血栓吸入後PCI(経皮的冠動脈形成術)が施行された。また同時に、右総腸骨動脈完全閉塞も見付かり、大腿―大腿動脈交叉バイパス手術を受け、無事退院した。
本例では、リスク因子としては高血圧と高脂血症があるが、心筋梗塞だけでなく閉塞性動脈硬化症を合併している点からすると、喫煙の影響が大きいといえるだろう。
喫煙の悪影響は女性の方が大
喫煙は、HDLコレステロールの低下、中性脂肪の高値、交感神経刺激作用、フィブリノーゲン高値、血小板凝集亢進を引き起こすほか、血管内皮を障害するなど、動脈硬化の発症に大きく関与している。また喫煙は、冠動脈攣縮の最大のリスク因子でもある。
さらに女性では、喫煙によってエストロゲン産生の低下、エストロゲン代謝の促進、アンドロゲンの増加などが引き起こされ、抗エストロゲン作用をもたらすことが分かっている。その結果、喫煙者では非喫煙者に比べて、約2年閉経が早まることが報告されている。米国で行われた看護師を対象とした研究では、喫煙者で閉経が早まることが、心血管疾患のリスク因子であることが示されている。心臓病による突然死とリスク因子の関係では、喫煙は年齢にかかわらず、また糖尿病や高血圧などと同じく、約3倍リスクを高めることが報告されている(表1)。
表1 女性における心臓病による突然死と冠リスク因子(米国) ↑は有意なリスク因子 Circulation.2003;107:2096-2101
冠リスク因子 |
60歳以下 |
60歳超 |
糖尿病 |
2.56 ↑ |
3.09 ↑ |
高血圧 |
1.94 ↑ |
3.07 ↑ |
喫煙 |
|
|
1-14本 |
2.85 ↑ |
2.85 ↑ |
15-24本 |
1.94 |
2.86 ↑ |
25本以上 |
4.86 ↑ |
3.31 ↑ |
高コレステロール血症 |
1.35 |
0.90 |
両親の60歳未満の心筋梗塞 |
2.47 ↑ |
0.98 |
両親の60歳以上の心筋梗塞 |
1.13 |
1.39 |
BMI |
|
|
25未満 |
1.00 |
1.00 |
25-29.9 |
1.39 |
0.84 |
30以上 |
1.31 |
1.80 |
本連載第5回でも紹介したように、日本人の急性心筋梗塞のリスク因子を検討した後向き研究によると、喫煙により男性では4.0倍、女性では8.2倍オッズ比が高かった。また、厚生労働省研究班の多目的コホート研究(JPHC研究)によると、40〜59歳の男性約2万人、女性約2万2000人の11年間追跡調査で、虚血性心疾患は男性260人、女性66人が発症し、喫煙により男女とも約3倍リスクが高くなった(図1)。
図1 喫煙習慣と虚血性心疾患の関係 (JPHC研究)
一方、脳卒中は男性702人、女性447人発症し、喫煙により男性で約1.3倍、女性で約2.0倍リスクが高くなった(図2)。また、女性の喫煙率は6%と、男性の53%に比べ少ないものの、脳卒中発症への喫煙の影響は、男性よりも強い傾向があったことなどが報告されている。
図2 喫煙習慣と脳卒中の関係 (JPHC研究)
女性は長期の禁煙の継続が難しい
ところでMさんは、「入院中に、娘婿にたばこをやめるように言われ禁煙しました。もう絶対吸いません」と退院後に話され、当院にてCa拮抗薬(一般名:ベニジピン)とARB(オルメサルタン)、カリウムチャンネル開口薬(ニコランジル)、プロスタグランジン製剤(ベラプロストナトリウム)、アスピリンなどを処方し経過を見ていたが、特に問題なく、血圧も130/70mmHgとコントロールされていたので、安心していた。
ところが10カ月後、Mさんは勝手に服薬を中止。私が「どうして薬を飲まないのですか。一度、心筋梗塞を起こした人は、再発しやすいので、薬を飲む必要があるんですよ」と、2次予防における服薬の大切さを説明した。しかし、Mさんは「薬を飲むと食べ物の味がしないんです。いつ死んでもいいから、絶対今までの薬を飲みたくない」と強く服用を拒否された。たまりかねて、近くに住む娘さんに事情を説明し、娘さんからも説得してもらったが効果はなく、結局、α遮断薬のみ服用しているが、現在Mさんの血圧は180/100mmHgにまで上昇しており、私の不安は大きくなるばかりだ。
女性にとって、さらに喫煙が問題なのは、禁煙により男性の虚血性心疾患や脳卒中が減少しているのに対し、女性では禁煙しても虚血性心疾患は減ることはなく、脳卒中は減少するものの、その割合は男性に比べ小さいことだ。
また、女性では長期の禁煙の継続が難しいとの報告がある。Mさんは禁煙を継続しているが、当院でもニコチンパッチによる禁煙後2カ月で喫煙を再開してしまった73歳の女性がいる点を考えると、女性を診る場合には、男性以上に適切な禁煙サポートが必要であることを、念頭に入れておくべきだろう。
田中裕之
(2008年6月12日 記事提供 日経メディカルオンライン)
|
|