Lesson65

肺がんリスクは30年も続くの?




JAMA誌から
禁煙しても肺癌死の過剰リスクは30年続く
喫煙開始年齢が低いほど呼吸器疾患死亡、癌死亡のリスク上昇
大西 淳子=医学ジャーナリスト

喫煙によって上昇する肺癌などによる死亡リスクは、禁煙から何年で非喫煙者と同等なレベルに下がるのだろうか。米国看護師健康調査(NHS)に参加した女性を約22年追跡し、種々の疾患による死亡のリスクを喫煙者、禁煙者、非喫煙者の間で比較した結果、喫煙者の総死亡リスクは非喫煙者の3.26倍であり、特に1日に35本以上喫煙する女性の肺癌死亡リスクは非喫煙者の40倍に上ることが明らかになった。また、喫煙者が禁煙しても、肺癌死の過剰リスクは30年間続くことが示された。米国Harvard大学のStacey A. Kenfield氏らの報告で、詳細はJAMA誌2008年5月7日号に掲載された。

著者らは、NHSに参加し、1980年から2004年まで追跡が行われた10万4519人の女性を対象に、喫煙と禁煙が総死亡と死因別死亡にもたらす影響と、どのくらいの期間、禁煙を続ければ死亡リスクが下がるのかを調べた。また喫煙と卵巣癌死亡、大腸癌死亡との関係についても、詳細な評価を試みた。

喫煙者は、1日の喫煙本数が1〜14本、15〜24本、25〜34本、35本以上の4群に分けた。喫煙開始年齢については、17歳以下、18〜21歳、22〜25歳、26歳以上で層別化した。禁煙者は、禁煙してから5年未満、5年以上10年未満、10年以上15年未満、15年以上20年未満、20年以上の5群に分類した。

死亡は、血管疾患死亡、呼吸器疾患死亡、肺癌死、喫煙関連の癌による死亡(2004年の米公衆衛生長官報告において喫煙に関連する癌に分類された癌:唇・口腔癌、咽頭癌、食道癌、喉頭癌、膵臓癌、膀胱・腎臓癌、子宮頸癌、胃癌、気管・肺癌、急性骨髄性白血病)、それ以外の癌、その他の原因による死亡、の6群に分けた。

Cox比例ハザード分析を実施。多変量モデルは、高血圧、糖尿病、高脂血症の既往、BMI、18歳からベースラインまでの体重の変化量、飲酒量、運動量、経口避妊薬使用歴、ホルモン補充療法歴、閉経前か後か、親が65歳以前に心筋梗塞を発症、(大腸癌との関係の評価においては各種食物・栄養素摂取量とアスピリン使用歴も追加)で調整を実施。またベースラインで癌、血管系疾患、呼吸器疾患の既往があった患者は、分析から除いた。

調査の結果、追跡期間中に1万2483人が死亡していた。うち4485人(35.9%)が喫煙歴なし(非喫煙者)、3602人(28.9%)が現在の喫煙者、4396人(35.2%)が過去の喫煙者(禁煙者)だった。

死亡原因別では、血管疾患による死亡は2957人で、そのうち1385人が冠疾患、734人が脳血管疾患で死亡していた。呼吸器疾患による死亡は759人、うち163人が慢性閉塞性肺疾患(COPD)、1237人が肺癌死だった。また2105人が喫煙関連の癌によって死亡していた。それ以外の癌による死亡が3805人。 以上に含まれない原因による死亡は2858人だった。

禁煙者、非喫煙者と比較した喫煙者の特徴は、18歳以降の体重増加が少ない、高血圧者の割合が少ない、BMIが低い、飲酒量が多い、運動量が少ないなどだった。

非喫煙者に比べ喫煙者の総死亡リスクは高かった(ハザード比2.81、95%信頼区間2.68-2.95)。脳血管死亡を除くほとんどの死因において、死亡リスクは1日の喫煙本数の増加と共に上昇していた(脳血管死亡では傾向性のP=0.08、それ以外のすべての死因では傾向性のP<0.001)。特に、1日当たり35本以上の喫煙と強力な関係が見られたのは、COPD(ハザード比114.55、95%信頼区間42.81-306.54)と肺癌(39.88、30.14-52.78)だった。

喫煙者について、喫煙開始年齢と死亡リスクの関係を調べた。喫煙開始年齢が17歳以下だと総死亡のハザード比は2.93(2.70-3.18)。26歳以降の喫煙開始では2.40(2.08-2.78)。ただし、開始年齢と死亡リスクの関係は、血管疾患では有意ではなく(傾向性のP=0.84)、呼吸器疾患、喫煙関連の癌では有意だった(いずれも傾向性のP=0.001)。

喫煙者の喫煙関連癌による死亡のハザード比は7.25(6.43-8.18)。個々の癌の死亡リスクは以下の通り。

・急性骨髄性白血病(202人、ハザード比1.72、1.15-2.58)
  膀胱・腎臓癌(184人、2.97、2.00-4.42)
  子宮頸癌(29人、10.18、3.46-29.93)
  食道癌(44人、7.03、2.96-16.69)
  唇癌・口腔癌(30人、4.72、1.84-12.13)
  咽頭癌(23人、6.01、1.75-20.69)
  膵臓癌(383人、1.84、1.39-2.43)
  胃癌(108人、1.59、0.96-2.64)
喉頭癌死亡した患者は9人のみだったが、全員が喫煙者だった。他の癌では、死亡のハザード比は1.58(1.45-1.73)だった。血管疾患死亡はハザード比3.26(2.97-3.59)、呼吸器疾患死亡は10.00(7.98-12.53)。

著者らが関心を持っていた結腸癌のハザード比は、非喫煙者に比べ喫煙者で1.63(1.29-2.05)、禁煙者では1.23(1.02-1.49)となった。ただし、1日の喫煙本数の増加に伴うリスク上昇は見られなかった。卵巣癌については、喫煙者が1.20(0.92-1.56)、禁煙者が1.03(0.83-1.27)でいずれも有意な関係は見られなかった。

以上の結果から、喫煙者の死亡の約64%に喫煙が寄与していることが明らかになった。血管疾患死亡ではその割合は69%、呼吸器死亡は90%、肺癌死亡では95%、肺癌その他の喫煙関連癌による死亡は86%、その他の癌は37%、他の死因による死亡でも47%に喫煙が関与していた。

 一方、非喫煙者と比較した禁煙者の総死亡リスクは、ハザード比1.39(1.33-1.45)だった。さらに、禁煙者について、禁煙からの時間経過と死亡リスクの関係を調べた。喫煙者と比較した、5年禁煙女性の総死亡のハザード比は0.84(0.81-0.94)。時間が経過するにつれてリスクは減少し、20年以上禁煙しているグループではハザード比0.37(0.36-0.39)で、非喫煙者(0.36、0.34-0.37)とほぼ同様になった。

死因によってリスク減少の様相は異なった。リスク低減が速やかに起きたのは血管疾患死亡で、5年禁煙でハザード比は0.69(0.59-0.81)。特に冠疾患死亡は0.53(0.41-0.67)で、5年でリスクはほぼ半減していた。

呼吸器疾患死亡は、10〜15年禁煙するとリスクが2分の1に近づいた(0.59、0.43-0.81)。肺癌については5年禁煙でハザード比は0.79(0.66-0.95)になるが、過剰なリスクは30年間禁煙しても消失しなかった。禁煙が20〜30年続いた女性でも、ハザード比は0.13(0.10-0.18)、30年以上継続で0.07(0.05-0.10)。非喫煙者の肺癌のハザード比は0.05(0.04-0.06)だった。

禁煙者では、死亡の28%に喫煙が寄与していた。血管死亡におけるその割合は24%、呼吸器死亡では75%、肺癌死は81%、喫煙関連癌による死亡は57%、それ以外の癌は8%、その他の死因は21%だった。

以上のように、喫煙により上昇したリスクは、禁煙後、速やかに低下する疾患もあるが、肺癌など一部の疾患はリスク消失までに20年以上を要することが明らかになった。また、喫煙開始年齢が低いほど、呼吸器疾患死亡、肺癌死亡、その他の喫煙関連癌による死亡のリスクが上がること、喫煙は大腸癌による死亡のリスクを有意に上昇させることが示された。喫煙者に対して、これらのリスクに関する情報を提供し、十分な理解を促すと同時に、禁煙を手助けすることの重要性を改めて示す結果だ。

原題は「Smoking and Smoking Cessation in Relation to Mortality in Women」、

 

(2008年5月23日 記事提供 日経メディカルオンライン)