Lesson250

1999年にあったニュース

ダイオキシン対策 動き出す 1999.3.22



食品汚染など急務

政府のダイオキシン対策関係閣僚会議はダイオキシン汚染の拡大を防ぐための基本指針を30日にも決定、対策が動き出す。指針は排出量の9割削減を目標に掲げ、許容摂取量の統一基準作成や検査体制整備などを盛り込む。日本はダイオキシン発生量が世界でも際立って多く、環境中の濃度も高いが、極めて微量の物質が相手だけに、人体の汚染状態など未解明の部分も少なくない。対策の実を上げるには、実態解明に加え、現在は手つかずの食品汚染対策が急務だ。

許容量見直し−−基準、一段と厳しく
「新しい1日摂取量(TDI)が決まることで、ダイオキシン対策はもう一段の見直しを迫られる」。関係閣僚会議がまとめた基本指針案に、3カ月以内にTDIを改定する方針が盛り込まれたのを受けて、環境庁幹部はこう言う。
TDIは人が生涯にわたり摂取し続けても健康に影響が出ないような目安となる1日当たりの許容量。世界保健機関(WHO)の専門家会議が昨年5月、現行の体重1キログラム当たり10ピコ(1ピコは1兆分の1)グラムから1−4ピコグラムに厳しくすることを決定。日本では現在、厚生省が10ピコグラム、環境庁が5ピコグラムと別々の基準を設けているが、WHOの新基準を参考に統一する。
TDI引き下げはダイオキシン関連のすべての規制に波及する。ごみ焼却炉の排出規制は、煙突からの煙を周辺住民が吸い込んでもTDIを超えないことを前提に決めてある。大気指針も、人が摂取するダイオキシンの5−10%が呼吸経由とみられることを踏まえて算出しているからだ。
環境庁は見直しを先取りして、現在規制外の小型焼却炉などにも網をかぶせる方針を決めた。
しかし、排出規制や大気基準の見直しだけで消費者の不安を払しょくできるかどうかは不透明だ。今回の基本指針案には、人が体内に取り込むダイオキシンの9割近くを占めるとされる食品に対する規制策が含まれていないからだ。
どのような食品からのダイオキシン摂取が多いかは、その国ごとの食品の汚染状況や食生活によって大きく異なる。TDIを他国並みに厳しくしても、食品汚染の実態把握が伴わなければ、具体的な対策の目安にはなりにくい。
日本では食品からの摂取のうち魚介類が6割を占めることがわかっている。摂南大学の宮田秀明教授は「リスクの高い食品の監視を強めることは日本でも不可欠」と指摘している。


人体への影響−−因果関係解明 これから  
ごみ焼却場などから大気中に排出されたダイオキシンが土壌、水をどの程度汚染し、人体にどう取り込まれているのかの実態解明も今後の対策では欠かせない。日本の都市部では大気中のダイオキシン濃度が欧米より1ケタ高いことが分かっているが、大気以外のデータはほとんど集まっていないからだ。
人体のダイオキシン汚染で、ある程度まとまったデータがあるのが母乳中のダイオキシン濃度。厚生省が昨年、埼玉、東京など4都府県で出産直後の女性80人の母乳を調べた結果、平均で脂肪1グラム当たり15.2−17.4ピコグラムと、欧州諸国に比べ総じて低い。
また、70年代から凍結保存してある母乳を調べた大阪府公衆衛生研究所はダイオキシン濃度が低下傾向にあると報告している。
「環境中のダイオキシン濃度が欧州より高い日本で、母乳中の濃度が低いのはなぞ」(スウェーデン・ウメオ大学のC・ラッペ教授)と研究者は首をかしげる。母乳中の濃度が体内のダイオキシン蓄積量の指標として妥当かどうかもはっきり分からないのが現状。
環境中のダイオキシン濃度と人体の摂取量の相関関係はこれまでほとんど研究例がなく、環境庁が98年度から調査に着手したばかり。因果関係の解明には、食品や人の血液中のダイオキシン濃度などのデータを多数集める必要がある。
生体へのダイオキシンの影響としては、従来知られている発がん性などに加え、生物の生殖機能を乱す内分泌かく乱化学物質(環境ホルモン)に似た働きがあることが分かってきた。サルを使った実験ではダイオキシンにより子宮内膜症が増えたり、胎児の生殖器の形成を妨げる疑いが報告されている。
WHOがTDIを見直したのも、微量でも世代を超えて影響が出る環境ホルモン作用を考慮したためとされる。

ダイオキシン
ごみの焼却や農薬などの製造過程で意図せずに生まれた化学物質「ポリ塩化ジベンゾ・パラ・ジオキシン」の仲間の総称。水には溶けにくく油に溶けやすい。まとまった量を一度に摂取した場合の急性毒性は青酸カリの約千倍。低濃度の環境汚染で常時摂取し続けた場合に問題になる慢性毒性には、発がん性や肝臓障害、体重減少などがある。



対策は10年遅れ−−小型焼却炉の規制も不可欠
日本のダイオキシン総排出量は年間5.2−5.4キログラム(98年)と推定され、その9割は廃棄物焼却場で発生している。80年代後半から厳しい焼却炉規制に取り組んだドイツでは、91年に400グラムだった排出量を95年には50グラムに削減。オランダでも95年に10グラム以下に減った。
政府の基本指針は、新設焼却炉の排出基準を排煙1立方メートル当たり0.1−5ナノ(1ナノは10億分の1)グラム以下に強化するなどの既定路線を確認。2002年の排出量を現在より9割減らす目標を掲げるが、これはドイツの91年水準より多く、対策は10年遅れている。
全国に約9万カ所あるとされる小型焼却炉(処理量毎時200キログラム未満)はこれまで規制対策外で排出実態はほとんど分かっていない。目標達成には小型焼却炉や野焼きの規制も不可欠になりそうだ。

ダイオキシンの影響グラフ




1999年3月22日 提供:日経新聞