Lesson155


禁煙 たばこの本数は徐々に減らすべきか


 「禁煙を勧める際、医師の多くは、『たばこを控えましょう』『まず本数を減らしましょう』といった曖昧な指導をしがち。急に禁煙することの難しさを配慮してのことだろうが、そのような指導では禁煙は成功しない」。たかの呼吸器科内科クリニック(熊本県八代市)院長の高野義久氏はこう指摘する。

節煙より断煙
節煙はむしろ逆効果
 近年、ニコチン依存に関するデータが多数蓄積され、禁煙補助薬の選択肢も増えている。禁煙治療の手法は確立されてきたものの、ニコチン依存に対する医療現場の誤解が、せっかくの禁煙の意思を無駄にしてしまっているケースが多い。

図1 喫煙本数を減らした後のニコチン濃度

 16人の健常者を対象に、1週間はいつも通り喫煙してもらい(平均30本)、次の1週間はその半数に減らして喫煙してもらった(平均15本)。本数を半数にしても、血中ニコチン濃度は逆に高まる。(出典:BMJ 1982;284:1905-7.)

 まず、たばこは嗜好品で、本人が好きで吸っていると考えられがちだが、喫煙者の7割はニコチン依存症で、自分の意思ではコントロールできない状態にあるといわれる。2000年には、英国王立医師会報告により、ニコチンは、麻薬や覚醒剤など、ほかの依存性薬物と同等かそれ以上に依存性が強く、使用中止が困難であることが明らかになっている。

 また、喫煙本数を減らしたり、ニコチン含有量の少ない表示のたばこに替えたりして、“節煙”しながら徐々にニコチン摂取量を減らそうとする人は多いが、数々の研究から、節煙しても体内のニコチン摂取量はほとんど変わらないことが分かっている(図1、2)。「本数を減らしたり軽いたばこに替えると、かえってニコチンの離脱症状が強くなる。やっと吸えた1本を深く吸い込んだり根元まで吸うなどして、無意識に同じだけのニコチン量を摂取しようとするためだ」と高野氏は理由を説明する。

図2 軽いたばこに対して期待するニコチン摂取と実際の摂取量の比較
 ニコチン含有量の表示が低いたばこに替えても、実際のニコチン摂取量はほとんど変わらない。(出典:BMJ 2004;328:277-279.)

 節煙すると、逆に禁煙から遠のく可能性もある。喫煙者では、ニコチンが脳内のアセチルコリン受容体に結合すると、ドパミンが放出されて快感や報酬感が得られる仕組みになっている。

 節煙をして次の喫煙までの間隔が長くなると、その都度離脱症状が出現し、次に吸ったときの快感がより大きく感じられ、禁煙する意欲も逆にそがれる。さらに、「本数を減らせば大丈夫」と害を過小評価し、禁煙しない言い訳にすることもあるという。

動機付け面接が効果
 一般的に、依存症に対しては、本人の意思で徐々にやめるという治療法は存在しない。「かかりつけ医が診療中や健康診断時に禁煙を勧める際には、『やめるときには一気に禁煙すべきだ』ということを強調してほしい」と高野氏は話す。

 同氏は、外来患者が禁煙に興味を持ったときに「してはいけないこと」として、(1)軽いたばこに変えること(2)だんだん減らそうとすること(3)1本くらいならと甘くみること──の3つを挙げる。「禁煙を思い立ったときに誤った認識で始めないよう、日ごろから繰り返し伝えている」と高野氏。また、自力で禁煙に挑戦する際には、吸いたくなる状況をつくらないよう、一定の禁断症状(イライラ、落ち着かなさなど)は起こるのが普通なので覚悟するよう、事前に説明している。

 ニコチン依存症の患者では、喫煙の害を過小評価するなどの心理的依存もあるため、医学的知識に基づいて禁煙の必要性を説得しても、一気に禁煙をする動機には結びつかないことも多いという。新中川病院(横浜市泉区)で禁煙外来を担当する加濃正人氏は、共感的に応答することで本人の動機を引き出す方法である「動機付け面接法」を勧める。これは、依存症治療に使われる世界標準的な方法だ(表1)。

一般的な指導と動機付け面接法に基づく指導の違い
 この方法は、たばこの害や禁煙のメリットを教える一般的な指導と比較して、1年禁煙維持率が5.2倍高いというランダム化比較試験があり、08年改訂の米国医療研究品質局の禁煙治療ガイドラインで、禁煙する意欲の低い喫煙者への第一の指導戦略として推奨されている。

 加濃氏は、「喫煙者は、たばこをやめたい気持ちとやめたくない気持ちが綱引きをしている状態だ。『健康になりたい』という本人の欲求を引き出すことが大切」と話す。

 禁煙成功後には、それを持続させるためのフォローも欠かせない。1本吸うとまた脳内がニコチン依存のサイクルにはまり込むためだ。

 禁煙成功後、1年以内に再喫煙することが多いため、高野氏は事あるごとに禁煙が続いていることを褒め、「1本でも絶対吸ったらだめだよ」とさりげなく念押ししているという。

(2010年4月16日 提供:日経メディカル )